キバネズ/チェリーの誘惑
タイトルは背中合わせの君と僕様からお借りしました。


 甘ったるいチェリーの匂いにネズは目を細めた。紅茶に添加されたその匂いは、マリィがチャンピオンから贈られた物だ。それをマリィがいないのに使うのはどうかと思ったのだが、本人には許可をとったとメッセージを見せられたら、ネズには何も言えなかった。
「おまえ、マリィと仲良くなり過ぎじゃないですかね」
「そうかあ? オレはネズと仲良くなりたいんだけど」
「ノイジーです」
「え、充分仲良しだって?」
「ハッピー過ぎる脳みそですね」
「ひどくね」
 けらけらとキバナが笑う。ノイジーだね、と再度言えば、オレさまは幸せだってのと笑われた。
「なあ、この紅茶、ホウエンからの土産なんだって。チャンピオンの出張のお土産とか」
「その話ならマリィとチャンピオンから直接聞きました」
「ふうん。ならさ、ネズは何を貰ったんだ?」
 新チャンピオン、マメだよな。キバナはにこりと笑む。ネズはふんと、顔をそむけた。素直に言うには、気恥ずかしかった。
「ちなみにオレさまはポケモンの手入れ用の手袋だったんだけど」
「そうですか」
「なあ、ネズは?」
「そんなに気になります?」
「うん」
 それならと、ネズは息を吐いた。もうどうにでもなれ。
「バスボムです」
「つまり、入浴剤か?」
「はい。ホウエンは温泉で有名なので」
 ネズは貰った入浴剤を思い出す。球体のそれは明らかに女性向けだったが、チャンピオンは全く気にする素振りはなく、ネズさんに似合いそうだったからと毒っ気のない笑みを向けてきた。心の底から他意は無いのだろう。
「なんつーか、ちゃんと実用品くれるところがなあ」
「入浴剤は実用品なんです?」
「使えるじゃん。あ、どんな香りなんだ?」
「この紅茶と同じですよ」
「ふーん、チェリーかあ」
 らしくないのに、妙に似合う。キバナの納得の声に、ネズははいはいと紅茶を飲んだ。ふわり、鼻腔を柔らかなチェリーの香りが刺激し、抜けていく。
 いい香りだ。ただし、大の大人であるおれ達には似合わないだろう。ネズはそう結論付けた。
「なあなあ、チェリーみたいな恋ってしたことあるか?」
「おまえ、仮にも恋人であるおれにそれを聞くんですか」
「だって、ネズはアルコールの匂いがするような恋愛してそう」
「酷い偏見ですね」
「だってロックシンガーだぜ?」
 そういうもんじゃねえの。そう言われて、まあ、ロックに生きたいんならそうじゃないですか。ネズは言った。
「おれはマリィにジムを預けるまでの役目がありましたから、遊んでる暇なんてありませんよ」
 そもそも、ジムリーダーという立場を守るだけで精一杯じゃないですか。ネズはキバナに言った。
「おれはバトルとロックが近い位置にありましたから、両方を続けましたけどね」
「ふうん」
 分かっていない顔のキバナに、だからとネズは告げた。
「おれの初恋はおまえに捧げたと言ってんですよ」
「……は?」
 え、まじで。キバナがぽかんとするのを、ネズはくつくつと笑いながら、いい顔ですねと言ってみせたのだった。

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