キバネズ/心音/twitter企画に参加したものになります。


 はつり、目を覚ます。数度、瞬き。カーテンの隙間から、月明かりがベッドルームに射し込んでいた。やけに明るい月夜だった。今晩はルナトーンの夜かと思っていたが、もしや、満月だっただろうか。今はそんなこと、どうだっていいのだけれど。

 心音で心地良くなるのは、子どもっぽいと笑われるだろうか。キバナはそっと腕の中のネズを抱きしめる。真白いシーツの中、ただ共に眠るだけ、お互いを抱き枕のようにして夜を明かすのは、別に特別なことではなかった。一般には、特別であるかもしれないが。

 ただ、安心したいのだ。ネズはそう語っていた。月明かりの下の彼は、普段の歌いっぷりとは反対に、ひどく細く、もろく、やわく見える。そろりと肌に肌を寄せれば、キバナの健康的な浅黒い肌と、彼の病的な白が映える。抱きしめると、彼はやわく抱きしめ返した。
 最初の晩だった。彼はキバナの腕の中、震える声で、ただ安心したいのだと告白した。涙で服が濡れたが、そんなことはどうでも良かった。ただ、寂しそうに一人で泣く、この大きいくせにちっぽけなやせぎすの男を、己の他人より大きな体で安心させられるのなら、それで良かった。

 ポケモンたちはボールの中。馴染みのパートナー達の囁きすらも聞こえない寝室の中。ほんの少し、寂しさを助長させるそれを、ネズとキバナは選んだ。パートナー達に知られて困ることでないが、何よりも信頼を寄せてくれる彼らに、こうも弱った姿を見せるのは、やや、気まずかった。
 心音を感じる。どくり、どくり。測ってはいないが、そのペースはきっと、他の人や常の彼より遅い。安心しているのだと分かるだけで、キバナは嬉しくなる。
 まれにネズは、固くて骨ばった男を抱きしめるのは苦痛でしょうと皮肉のように言うけれど、そういった苦痛は感じたことがなかった。むしろ不思議なことに、腕の中にネズがいないだけで、夜の闇にやや不安を覚えるほど、彼はキバナにとって最適たる人だった。

 静かな部屋、心音。音とは振動である。キバナは真に分かった。寝間着越しの心臓の鼓動に、これが原始の音楽なのだと感じ取った。母なる者の胎内で、何もかもから守られている幸福。キバナはそれを与えられながら、同時に、与えているのだろうか。そうだと、いいのに。
「ん……」
「あ、起きたか?」
 時間はまだ夜中だ。キバナがふわと起きたのを、ネズは感じ取ったのだろう。だが、キバナがぽんぽんと一定の間隔で背中を撫でると、ネズはまた眠りについた。
 睡眠とは浅い眠りと深い眠りを繰り返す行為である。今目覚めたのは、たまたまその浅い睡眠のときだったのだろう。思わず、キバナはきゅっと目を細めた。がぶりと噛んでしまおうか、そうしたら、彼は起きるだろうか。
 だが、すぐにまた、とろりと特徴的な垂れ目を溶かす。自然と目尻に涙が浮かんだ。起こさずとも、会話せずとも、愛おしいなあ。キバナの心がぬるま湯で満たされていく。全くと言っていいほど刺激のないそれが、やけに落ち着くのだから、性に悪い。

 どくん、どくん。とくん、とくん。どんどんと音が遠くなる。同時に、キバナの意識も薄くなっていく。深くて底が見えないぬるま湯があまりに心地良い。
 ああ、おやすみなさい。キバナはするりとネズの背中を撫でてから、きゅっと抱きしめた。そうしてまた、幸福な眠りについたのだった。

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