キバネズ/あいたりえる


 ひりつくような愛がある。

 咲く花は遠く、ここは唯ひたすらに寒く乾いている。ネズは息を吐いた。小さなネズとマリィの家は、マリィの成長と共に役目を終えた。
 マリィが家を出た。一人前のジムリーダーとなったのだ。喜ばしいことだ。ネズは片付けを終えた部屋を眺める。今日はこの部屋で過ごす最後の日だった。マリィは先に出た。ネズは静かにそこに立つ。
 残すものはない。全ては段ボール箱に詰めた。別離というわけでもあるまいに、感傷に浸るつもりはなかった。ガラルの民は生涯で三、四回は住む家を変える。ライフステージに合わせて家を変えるのだ。たまたま、その節目が来ただけだ。ネズは息を吐いた。もう出るのだ、暖房は当然つけない。ポケモンたちに寒い思いをさせたくなくて、ボールの中に入れているのもあって、余計に寒い。

 引っ越し業者が来た。最終確認をして、荷物を運ぶ。次の住処もまたスパイクタウンの小さな家だが、防音に特に力を入れた物件にした。手を加えるつもりなので、今まで以上に音楽活動に良い影響を与えることだろう。

 新しい家は決して新築ではない。だが、大きなリノベーションが成された家はネズの気に入るものだった。
 キッチンは諸事情により、きちんと充実したものにして、防音材を増やして。あれこれと考えていると、荷物が運び終わった。引っ越し業者に挨拶し、ポケジョブのポケモンたちに手土産を持たせて帰らせる。

 一人、残されたネズは暖房をつけた。
「ネズ!」
 扉を開けたのはキバナだった。ワイン片手にやって来た男に、全くとネズは息を吐く。
「まだ家の場所は教えなかったはずですが」
「妹ちゃんが教えてくれた!」
「そうですか。で、その酒は?」
「引越し祝いだって。なんと、カロス産だ」
「ああ向こうの。あちらは食が発展してますからねえ」
「それな」
 一人のくせにガヤガヤと入ってきた男の後ろにはフライゴンがいる。小さな家とはいえ、キバナの大きさでも不便のないところを選んだので、フライゴンもそう窮屈そうではなかった。
「なんか作るか? 適当な食材ある?」
「無いので買いに行きますよ」
「お、いいな。惣菜屋行こうぜ」
 今日はお互いに疲れたし。そう言って、キバナは首をゴリゴリと回した。書類仕事があったのだろう。お疲れ様ですねとネズは言った。
「チーズとハムがあればいいですかね」
「パンと野菜も摂れよな」
「栄養素が偏るんでしたっけ?」
「そうそう。体は資本だって言ったよな、オレさま」
「はいはい、聞きましたよ。で、早く出かけないんです?」
「行く!」

 あ、そうだ。家の鍵を閉めながらぼやく。

「合鍵、作らないといけませんね」
 おまえが帰って来られない。そう続けると、キバナはそりゃ大変だと笑った。
「合鍵はいつものとこか?」
「はい。信用のできるところがいいでしょう?」
「違い無いな」
 じゃあ、夕飯と合鍵作りに出発だ。キバナはフライゴンをボールに戻して、ネズの隣を歩いた。ネズもまた、鍵を仕舞いながら歩き、どの店で買いましょうかと考えていたのだった。

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