キバネズ/瞬間


 瞬く間に、ネズは宙を舞った。
「ネズ!」
 フライゴンがネズを受け止める。そのまま回収されて、ネズはキバナの前に座り込んでいた。いや、なかなかに焦った。ネズは息を吐いた。
 キルクス近郊の海。極寒の海にネズは落ちそうになったのだ。気をつけろよ。キバナは長く長く息を吐いてから、ネズを抱きしめた。
「気をつけるも何も、事故ですよ」
「足を滑らせないでくれよ」
「おれも驚きました。こんな、新人トレーナーみたいなミスをするとは」
「オレさまの方が驚いたっての!」
 はいはい。ネズはぽんぽんとキバナの背中を撫でた。ううと涙声になってきたドラゴン使いに、ネズはクスリと笑う。
「そんなに心配でしたか」
 海に落ちたことなんて一度や二度じゃ足りないのに。そう伝えれば、キバナは心配だってのと繰り返す。
「ていうかそんなに落ちてんのかよ!」
「まあ、新人時代はここが修行の場でしたし」
「はー、信じらんねえ」
「そこまで言いますか」
「落ちたら即死っぽいもん。ぜったいれいどだって」
「ああ、メロンさんお得意の……おれは寒さには強いほうなので」
「分かんねー」
「分からなくて結構です」
 一先ず、寒そうなお前のためにそろそろ帰りますかね。ネズが笑えば、キバナはあったかいエネココアでも飲もうぜとやっとネズから離れた。
 それを少しばかり寂しく思いながら、ネズは自宅へとキバナを招待した。

 マリィはジムにいる。空っぽの部屋に留守番をしていたストリンダーがのそりと座っている。その手にはきのみジュースがあり、勝手にツボツボから貰ったことは確かだった。一度外出したんですかねえ。そんなのんびりとしたネズの態度に、キバナはツボツボってこの辺にいるのかと驚いていた。
「ツボツボなら放し飼いにしてるトレーナーが近くにいるんですよ。おれも昔はよくきのみジュースを作ってもらいました」
「え、ネズが飲んだの?」
「ポケモン達と一緒に何度か……ココア多めでいいですか」
「いいぜ!」
 ココアと砂糖をカップに入れると少量の湯で練り、温めたモーモーミルクを注いだ。熱々のそれをキバナに渡すとスプーンでくるくると混ぜてから、飲む。すぐに、美味いと顔が緩んだ。
「ネズの作るエネココア、好きだな」
「そうですか。誰でも作れると思いますけどね」
「なんか違うんだって。あ、ほら、愛情とか?」
「ロマンチストですねえ」
「ひでーの」
 けらけらと笑うキバナに、ネズは温まったら何しますと問いかける。暖房のよく効いた部屋の中で、キバナはそりゃあと口を開いた。
「エキシビションマッチの予定立ててくれよ」
「構いませんよ。ただし、おれはしばらくツアーなので、良い子で待ってるんですよ?」
「待つのは得意だぜ!」
 ご褒美があるなら尚更だと笑うので、ネズは良い子過ぎると呆れたのだった。

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