キバ→(←)ネズ/春


 隣に並んで道路を歩くとか、同じキャンプでワイルドエリアに泊まるとか、彼の家にいつでも迎え入れてもらえることとか。キバナは指折り数える。特別な関係だって言えたらいいのに。ぼすんとクッションに沈んだ。キバナの体に見合う大きさのクッションは特注品だ。ソファでごろごろとカントーのニャースのように転がった。これがコタツだったらもっと完全にニャースだったかもしれない。キバナは現実逃避していた。
「だって、こんなの、フツーじゃないだろ」
 こんなにも受け入れられるのだから、恋人と名乗ってもいいのではないか。そう思うものの、告白もしてないのにと心のどこかで誰かが囁く。うるさいなあ。キバナはクッションを抱きかかえた。
「例えばさあ、ネズに恋人がいるかもじゃん」
 そういった、プライベートな話をネズはあまり話してくれない。妹のこと、町のこと、音楽のことは話すのに、好きなタイプとか、好きな音楽とか、趣味だとか、そういう話はしてくれない。誕生日さえも、教えてくれなかった。
「オレさまばっかり好きみたいだ」
 事実、そうなのかもしれない。キバナは珍しく落ち込んだ。部屋に一人でいると落ち込みもする。そこで日陰で昼寝中のヌメラたちを眺めてみた。ヌメラに寄り添うようにヌメルゴンも寝ている。幸せそうな寝顔に少しだけ気を持ち直した。

 そもそも告白をしていないのだ。言うタイミングが無かったことが不思議だが、まさかネズが全てのタイミングに対応して仕込んでいるわけでもあるまい。キバナの思い切りの無さが原因のはずだ。たぶん。というかもしネズが告白のタイミングを全てブロッキングしていた場合、キバナには脈無しということだろうか。
「いや、それは無い」
 ぶつぶつとキバナはぼやく。スマホロトムがひょいと現れた。ネズへの連絡先が表示される。しかし、今は昼間だ。休日が不規則、むしろほぼ無いキバナの珍しい全休の日こと本日は、世間一般では平日に当たる。ネズはきっと働いていることだろう。最近は音楽の売り出しに積極的で、今週末はバウタウンでライブをする予定のはずだ。
「どーしよう、なあ、ロトム」
 さっさと連絡すればいいとでも言うようにロトムは連絡画面から動かない。ひょいひょいと頭を振ってみると、スマホロトムもまたひょいひょいと動いた。これは意地でも連絡しろと申している。キバナは決心した。

『何のようですかね』
「うわっすぐ繋がった」
『連絡したのはそっちでしょう』
 休みなんですか。ネズの表情は画面越しでもわかるぐらい、酷い有様だった。どうやら疲れ切っているようだ。まさかとキバナは言った。
「また飯食べてないのかよ」
『大詰めなんですよ。用がないなら切りますけど』
「待って待って、ならさ、飯作るわ」
 だから、とキバナは言った。
「ネズの家、行ってもいいか?」
『邪魔をしないなら、別に構いません』
 いつも通りの言葉に、キバナは心がむず痒くなる。受け入れられたことが嬉しくて、緩みそうなる頬を抑えて、じゃあ今から行くからと通話を切った。

 道中で食材を買って、ネズの家でご飯を作って食べよう。できれば胃に優しいものがいい。キバナは悩み事など全て吹っ飛んで、ただ目の前にあるはずのネズのことを想った。
「いい子で寝てろよー」
 夕方には帰るからとヌメルゴン達に声をかけてから、キバナは年のためにジュラルドンを伝令役に置いて、フライゴンたちを連れてスパイクタウンへと向かったのだった。

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