キバ(→←)ネズ/どうかひといきになさって。/無自覚両片思い
 

「バトルしようぜ!」
「嫌です帰りやがれください」
「今日こそ帰んねーからな!」
「もしもしナックル事務室ですか」
「今回は仕事残ってねーもん!」
 やだやだバトルすると駄々をこねるキバナに、この男はとネズはスマホを机に置いた。

 いつの間にかするりと日常に入り込んだキバナという男は、平然とネズとマリィの家にいる。
 マリィはアニキに友達ができたと喜び、チャンピオンとホップまでもが友人は大切にすべきだと語る。ジムトレーナーまでに友だという話が行き渡り、正直ネズにとっては四面楚歌だ。味方が誰一人とていない。味方が味方になってくれない。この世は地獄か。
「なんでそんなにオレさまとのバトルを嫌がるんだよお」
「今更ですね」
 尤もな疑問に、ネズは呆れ顔になる。キバナはだってさあと褐色の手を握り開くことを繰り返す。
「オレ、あんなに楽しいバトル、すっげえ久しぶりでさ。またバトルしたいって心から思えたんだ。ダンデにはバトルして負かしてやると思ってたけど、ネズとは、またバトルしたいって思うんだ。なんつーの、勝敗じゃなくてさ、体験が重要で」
「おれの理由もそこですよ」
 きょとんとしたキバナにネズは作詞の為に握っていたペン先を彼の眉間に向けた。
 いい子はこんな風に鋭利な物を眉間になどに向けてはいけません。ネズの脳裏に注意書きのようないいつけが、誰ともつかぬ声で再生された。

「おまえとのバトルはただただ楽しいんです。魂が持っていかれる。だからこそ、そうバトルできやしないんです」
「は?」
「おれはロックシンガーです。ジムリーダーではありませんし、ただのトレーナーでもありません。戦うことの第一線からは退きました。今、おれが最も優先すべきことは音楽です。お分かりですか」
「ごめん、わかんない」
「エネルギーには限りがあります。バトルにエネルギーを割く余裕はないってんですよ」
 わかりましたか。再度そう言われて、キバナはそれってと目を輝かせた。
「オレさまとのバトルは全力ってことだな!」
「物凄いプラス思考ですね」
「ネズにとってもそうなんだなー。やった、いい事聞いた」
「うわあ」
 じゃあさ、とキバナは明るく言った。
「今すぐじゃなくていい。ネズの都合の合う時に、またバトルしようぜ」
「おれの都合なんていつ来るか分からないくせに」
「ネズは約束を破らないんだーって妹ちゃんに聞いたし」
「マリィ……」
 確かにアニキはマリィとの約束を破ったことはありませんが、いつも期待に添えたとは思えませんよ。ネズがうだうだとぼやく中、キマリだなとキバナがにっこりと笑った。

「今日のところは帰るからさ、また連絡くれよな!」
「またも何もおれから連絡したことなんてないでしょう」
「連絡先ならロトムが設定しておいてくれてるから」
「人のスマホに勝手にロトムを潜り込ませるんじゃありません」
「ネズだけだって」
「そのセリフで喜ぶのはおまえのファンだけですよ」
「そうかあ?」
 ともかく、今日は帰るとばたばたと出て行ったキバナの姿に、ネズは面倒事になったとため息を吐く。

 見守ってくれていたタチフサグマ達がすり寄ってきて、頭やら腕やらを押し付けてきたので、素直に撫でてやった。
「バトル、ねえ……」
 もうおれは引退した身だと、あれは本当に分かってませんね。そう言いつつも、ネズの声音がほんの少し弾んでいたのを、パートナーたるタチフサグマ達だけは気がついていたのだった。

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