キバネズ/ゆめゆめ忘れなきように/ストリンダーのじゅもん/ポケモンはどんなタイプであれ、自然の体現者であり、象徴であるとしたら、呪文だって持ってるだろうとか何とか。


 ゆめゆめ、忘れなきように。
 おまじないだ。キバナは夢を見る。忘れてはならないもの、忘れてしまいそうなもの、それを忘れないようにする呪文だ。

 キバナは夢を見ている。それはネズの引退試合だった。頂点とのバトルを望むキバナに、鮮烈な印象を残した、あのバトル。全然視界に入っていなかった彼の、薄氷の眼差し。その目は冷静さと、激情と、熱意を繰り返しうつす。見惚れている場合ではないのに、うっかりすると何もかもを持っていかれそうなバトルだった。
 ギリギリの闘い、制したのはキバナだったが、互いにボロボロになっていた。ポケモンたちは専門の医療スタッフの手であっという間に回復したが、トレーナーたるキバナとネズはそうもいかなかった。声をかけたかったが、これ以上は次のバトルに支障が出ることになる。キバナはネズにいい試合だったと強引に握手をしてから、その場を去った。言葉はいつでもかけられるだろうと、思っていた。

 目覚める。キバナは長い夢を見ていた。ぽろろんとギターの音がする。彼にしては珍しいバラードだ。

 何だかんだと、キバナはネズに拒否されても話しかけ続け、いつしか恋が芽生え、愛を語らう仲になった。
「ああ、起きたんですね」
 ギターの音が止まった。静かな歌声もまた、止まる。勿体ないなあキバナは言った。
「もっと聞かせてくれよ」
「ノイジーです。眠そうなお子様向けなんですよ」
「オレさまお子様じゃないもん!」
「でしょうね、よく知ってますよ」
 くつくつと彼が笑う。喉が震えて、喉仏が上下する。噛みつきたいな、キバナは思った。だが、それ以上に言葉を思い出す。
「ゆめゆめ、忘れなきように」
「なにか言いましたか?」
「いや、何も」
 あの呪文はどこから聞いたんだったか。キバナはふるりと頭を振った。分からないが、ただ、確かにキバナはあのバトルを覚えている。それだけが重要だった。
「おまえが起きたら昼飯にしようかと思ってたんです。何かリクエストはありますか」
「アップルカレー!」
「正気ですか」
「たまには甘いのもいいだろー」
 まあいいですけど。ネズはそう言ってギターを定位置に置くと、キッチンへと向かった。ゆらり、ベッドルームを覗き込むストリンダーに、キバナはひらひらと手を振ってから立ち上がった。
「なあ、ネズ、みんなの分あるよな?」
「当たり前でしょう」
 手伝いなさいと言われて、キバナはワシャワシャとストリンダーの頭を撫でてから、キッチンへと向かった。

 ゆめゆめ忘れなきように。
 ああ、誰の呪文だったのだろうか。

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