キバネズ/静寂


 寂しいだけだったら良かった。

 この寂しさは元来、誰かを求めたものではなかった。ネズは毛布を頭から被り、身体を抱える。特定の誰かを求めているわけではなかったのなら、一人で解決できた。そうだったのに。
(キバナ……)
 泣きそうになる一人の夜に、毛布を握る手を強くする。タチフサグマがそっとネズを抱き上げた。室内を歩き、ベッドに連れて行かれて、ネズは小さな声でありがとうと伝えた。その声は震えていたが、タチフサグマは深く追求しようとはしなかった。ネズが求めている人間が分かるからだろう。流石は積年のパートナーだ。
「どうしてあいつだったんだ」
 ネズは深い後悔を抱く。誰の元にも留まらず、気まぐれな鳥のように飛び回るあの男が、唯一だなんて信じたくなかった。

 勝手に飛んできて、勝手に関係を構築して、勝手に飛び回る。そんな男なのに。

「こんな時に来てくれないくせに」
 だったら、手を伸ばしてほしくなかった。放っておいてほしかった。求めるバトルをできる相手なだけで良かった。
 感情は激情だ。特に、この手の感情は制御できるものではない。好きな人を操作できたら、こんなに苦しむことはなかった。
「あいしてます」
 町の外に面する窓の向こうでは雪が降っていた。ああ、今日はキルクスタウンから雪雲が流れてきているようだ。ひどく寒い。ネズは毛布を強く強く握った。指先は真っ白だった。
「あいしてます」
 祈るように。折るように。この恋が消化されるように。使い捨ての消耗品のような愛を、ネズは抱きたかった。体が摩耗する。この苦しいばかりの恋を、愛を、早く手放してしまいたかった。
「あいして、ました」
 嘘をつく。過去形になんてできなくて、ネズは息を吐いた。白い息、部屋は寒い。暖房をつけるには、人が足りない。
 ポケモンたちは温かなリビングにいることだろう。ネズはそっと目を閉じた。眠ってしまおう。そうすればきっと、心の整理ができるから。
「おやすみなさい」
 ぼやくと、ガチャリと扉の音がした。

 体に緊張が走る。軽い足音。室内履きの音がした。
「ネズ、寝てるのか?」
 びくり、毛布の中でネズは震える。間違えようもなく、キバナの声だった。
「こんなに寒いんだから、寝付くまでは暖房付けろよ」
 それとも温かなミルクでも持ってくるか。そんな優しい言葉に、泣きそうになる。
 だけど、キバナは遠ざけたい気持ちを汲み取ってくれない。否、彼は汲み取りすぎているのだ。彼はいつだって、ネズの拙いながらも本音を隠した言葉に惑わされず、心の奥底にある欲望を叶えてくれる。
「オレさまが居てやるからさ」
 一人は寂しいだろうなんて。柔らかく甘やかな、ネズだけの神の声音に、ぽろりと涙をこぼした。皆に平等な神様なんていないのに、ネズだけの神はここにいた。

 ああ、なんて嫌な(あいされた)日だろう。ネズはそうくぐもった声を毛布の中でぼやいて、隣に座るキバナを感じたのだった。

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