キバ→←ネズ/例えば手を取り合えたとして/両片思い


 例えばその手を取り合えたとして、キバナは手を離さなかっただろうか。握り続けてやれたのだろうか。

 キバナの目の前には良くも悪くもチャンピオンのダンデしかいなかった。でも、ダンデとのバトルはいつも巨大な彼のエネルギーに押し負けてしまう。ただ勝ちたい。その力が彼は桁違いだった。

 だから、チャンピオンのダンデが消えたとき。キバナはようやく周りを見ることができた。自分が楽しかったバトルを思い出せた。実力が桁違いではない、純粋で、拮抗したバトルをした相手。そう、本来のバトルを見つけてくれたのはネズだった。

 ネズはいつも気怠げで、猫背で、細くて、チャンピオンの覇気とは程遠い。でも、マイクを握り、スタジアムに立つと、彼は一変する。彼専用のスタジアムソングが流れ、マイクパフォーマンスと、激しい歌声と、ダイマックス封じのバトルが展開される。飲まこまれる。キバナは初めてのバトルに気が高ぶった。こんなの、初めてだった。
 どちらが勝つか負けるか、ギリギリまで分からない。みらいよちもすなあらしも、ひでりだって分からない。何が勝利をもたらすのか、キバナは考える。バトルとは思考実験である。キバナは思う。ああ、勝ち筋を掴めるようで、掴めない。楽しい。キバナは強烈な顔で笑った。そう、楽しかった。

 バトルはキバナの勝利に終わった。またバトルしようぜ。握手の際に言えば、ぱちりと彼の薄氷のような瞳が見えた。返事はなかった。

 もし、彼がこのバトルを引退試合としなかったとしたら、手を取り続けられただろうか。キバナとネズの本当の出会いはあまりに遅すぎた。キバナは手を離したくなかった。見つけられなくてごめん。そう言いたかった。チャンピオンを降りたダンデが憎い、新たなチャンピオンが憎い。でも、憎みきれない。ただ遅すぎた出会いを、キバナは人より大きな手で大切にすくい取った。

「ネズ、バトルしようぜ!」
 シーソー騒動後、キバナはスパイクタウンに何度も足を運んでは同じことを言った。色良い返事は無いが、やめるつもりはなかった。一度掴んだ手を離せるほど、キバナにとってネズとの本当の出会いは弱くはなかった。インパクトは巨大。キバナにはネズが必要だった。きっと、ネズにだって、キバナが必要だった。なのに、ネズは応えない。

 一度だけ、言われたことがある。
「おれはもうジムリーダーではありません」
 そんなの当たり前だ。オレさまとのバトルが引退試合だったのだから。キバナは理解できずにいた。だって、だってそうだろう。そんな当たり前で片付くような出会いではなかっただろう。

 そして今日もまた、彼は俯いた。
「ダンデの代わりなんて真っ平です」
 当たり前のことを、ネズは言う。いつもそうだった。ネズはダンデの代わりではない。あんな巨大な怪物と一緒にする訳がない。
「肩書きなんてどうでもいいだろ」
 ただ、オレは。キバナは言った。
「ただ、オレはネズとバトルがしたい」
 薄暗いスパイクタウンの街角で、キバナは笑う。
「なんでもないオレさまとネズとで、バトルがしたいんだ」
 ネズは、あの日のように薄氷の目を見開いて、ぽかんとしていた。応えは今日もない。でも、手は取り合えたままだと確信した。

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