キバネズ/在りし日の/きみとの温かな家を夢想する


 遠い記憶だった。親しい誰かと、手を繋ぎ、笑いながら帰る夢だった。

 キバナはばちんと目覚めた。遅れて、アラーム音がスマホロトムから鳴る。朝だ。キバナは一人きりの部屋で規則正しく起き上がった。

 資料で溢れていた部屋も、修羅場を乗り越えればなんとか人の住む部屋になっている。昨晩、片付けをして良かったとキバナは朝食を作った。目玉焼きをトーストに乗せて食べる。お供はミルクティーだ。
 パンくずを溢さないように食べてから、洗い物をする。ミルクティーはまだ残っていた。
「ロトムー、なんかニュース読み上げてくれ」
 正しくはキバナの暇潰しになるようなニュースを読み上げてくれということである。ひょいひょいとロトムが機械音声で読み上げる。ふんふんと聴いていると、ふと、ロトムが迷ってから、読み上げた。
『昨晩、スパイクタウンにてゲリラライブが開催され、高評価を得ている。本日発売のアルバム曲を一足先に聴いた皆さんの反応は……』
「はっ、なにそれ?!」
 ガタガタと洗い物を終えてスマホロトムを呼ぶと、ニュースを見せてくれた。キバナは何だ何だと起きてきたフライゴン達にフーズを用意しながら、なんとか記事を確認する。しかし、そこには本日発売のアルバム曲をフライングで聴けるイベントだったとしかない。ゲリラライブはネズの得意とするところで、スパイクタウン住みではないファンとしては非常に辛いことである。
 もちろん、恋人としてもだ。
「ロトム! アルバム購入!!」
 キバナはフーズの用意が整うと、音楽を流したのだった。

「ネズー!」
「ノイジーです」
 スパイクタウンのネズとマリィの家に行くと、ネズから辛辣な態度を取られてしまった。まあいい。キバナはそれよりもと、スマホロトムのゲリラライブについての記事を指差した。
「教えてくれても良かっただろ?!」
「ゲリラなのに教えるやつがいますか。あと、おまえは、昨日まで修羅場でしたよね」
「夕方には終わってたもん! その後は部屋の片付けしてただけだった!!」
「お疲れのおまえに聴かせるような曲ではないので」
「ネズの歌ならそれだけで元気になるのに……!!」
 キバナが悔しそうにしていると、まあとネズは目をそらした。
「普通に今日のライブで聴けばいいんですよ」
「それのチケットはもう買ってる。絶対見る」
「関係者席に居ろっていいませんでした?」
「オレさまは関係者席じゃなくて一般席にいるから」
「おまえ……いやもうチケットは仕方ないですね。混乱を起こさねえでくださいよ」
「わぁかってるって」
 ああ、ネズの歌を聞き逃したのが本当に悔しい。キバナが惜しんでいると、今日のライブで我慢なさいとネズは呆れ顔をしていた。
「じゃあおれはそろそろ時間なので」
「お、いってらっしゃい。オレさまが鍵かけとくから。マリィちゃんは?」
「トーナメント戦です。夕方には帰ってくるので出迎えてやってください」
「そっか。あ、ネズこっちきて」
「はい?」
 ふらりと寄ってきたネズの、ぴんと跳ねていた髪を直してから、額にキスをする。キバナはそうして、良しと笑った。
「今日も頑張れよ!」
「恥ずかしいやつですね……」
 そう言いつつも、ネズは特に赤面するわけでもなく。当たり前の様子でキバナの愛を受け止めてから、出掛けた。

 その様子を見送ったキバナは、ここまで信頼されるまでの長い道のりを思い出して、ちょっぴり泣けてきたのだった。

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