キバネズ/ごく当たり前の/きみと生きる/幸福なれども


 ぱち、ぱち。暖炉の薪が爆ぜる。
 ネズの家には暖炉があった。元々、キルクスタウンが近いスパイクタウンは寒冷な土地だ。暖炉のある家はけっこうあるらしい。キバナはなんだあれと興味深そうに寄りそうになるヌメルゴンを止めてこんこんと説明してから、ネズへと振り返った。彼のパートナーたちは暖炉のそばで寛いだり、ネズと同じソファに寝転んだりと自由にしている。そんな中でネズは紙とにらめっこしていた。おそらく歌詞を練っているのだろう。ソファで丸くなって紙にかじりついている。
 今日のネズはキバナに構う余裕は無いだろう。だが、キバナとてアポ無しで来た身。構われなくとも良かった。まあ、少しは寂しいが、ネズから音楽を取り上げる気などさらさらなかった。

「紅茶淹れるわ。ブラックでいいか?」
「はい、好きな茶葉使ってください」
「任せろ」
 ネズの座るソファを通り過ぎ、キッチンに向かう。そこではスコーン作りに性を出すマリィがいた。チャンピオンの家にお呼ばれした彼女は、手土産にスコーンを選んだのだ。頑張れよと声をかけると、まかしときとオーブンに生地を放り込んだ。
「アニキとキバナさんにもあげるけん」
「お、そりゃありがとな。紅茶はいるか?」
「うん」
 焼き上がるまではキッチンに居るらしいマリィの横で、着々とキバナは紅茶の準備をする。ブラック用の紅茶葉を見つけ、適量をポットに入れ、適温のお湯を注ぐ。
 豊かな香りがする。すんとマリィが鼻を鳴らした。寒いかとキバナが心配すると、スコーンが焼けるまではと意地を張られた。こうなるとテコでも動かないのがマリィだ。兄妹だなあと思いつつキバナは紅茶を淹れ終わると、マリィの分をマグに注いでからじゃあなとリビングに向かった。

 リビングではストーブの前、ヌメルゴンがストーブに触ろうとしてカラマネロに止められていた。火傷するって言っただろうに。キバナが言うと、でも気になるもんとでも言うように落ち込まれた。旺盛な好奇心は良いが、怪我は良くない。いくらやけどなおしがあるとはいえ、だ。
「ほい、紅茶だぞ」
「ありがとうございます」
 ネズが一旦、机に紙とペンを置く。どうやら苦戦しているらしい歌詞らしきものの残骸は、悪筆過ぎて読めない。走り書きですから。ネズは頭を軽く撫でながら言った。
「紅茶ありがとうございます。少し、頭がすっきりしました」
「そりゃ良かった。無理すんなよ」
「人よりできないので、多少は無理をしないとやっていけませんよ」
「ネズは出来る子なのに」
「できません。驕りません」
「驕ったら落ちちまうって?」
「そういうことです」
 ネズが紅茶を飲む。おまえは良い腕をしてますね。ふと笑われて、キバナはそうだろうなと笑ってみせた。
「そんだけこの家に通ってるわけだもん」
「そうなりますねえ」
 そうこうしていると、マリィが焼けたと楽しそうに声を弾ませて、二人分のスコーンをリビングに運んで来たのだった。もちろん、クロテッドクリームとジャムも添えてあったのだった。

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