キバネズ/好きを語る/憧憬を抱いたのだろうか


 悪いやつではない。キバナの最初の感想だった。悪いやつではないが、我が強く、気性が荒い。権力に立ち向かうのを、厄介な性分だなあと、対岸の火事のように眺めていたのに。
 今になって、あの時の彼が何を思ってジムリーダーをやっていたのかが気になるなんて、虫が良すぎる。

 フライゴンに荷物持ちを頼んで、自身も買い物袋を抱えながらキバナは歩く。ネズの家の夕飯に招かれたのはこれが初めてではなく、メッセージで夕飯の支度を頼まれるのも初めてではなかった。
 マリィがたたたと走り回っている。スパイクタウンは明日の祭りにてんやわんやだった。ミュージックフェスらしく、ネズと親交のある他の地方のミュージシャンを呼ぶらしい。マリィは細やかな雑事に嫌な顔一つせず、エール団と共に機材の設置などを行っていた。
 念の為、ひらと手を振ると、キバナさん夕飯ありがとと言われる。これぐらいの手伝いなら、いくらでも。キバナ自身、ジムリーダーの仕事や宝物庫の管理などで忙しい。夕飯を共にするので精一杯だった。そういえば宝物庫にも他の地方からの研究チームが明日到着する。準備は終えているが、何かあったらと心配で頭が痛かった。

 ネズとマリィの家につくと、合鍵で扉を開いて中に入る。ネズの名前を呼びながら、飯が来たぜと荷物を下ろし、ふざけて言う。すると、おまえは可食部が多そうですねえなんて呆れながら、ネズが奥から出てきた。こちらも明日のフェスの大詰めらしい。目の下のクマに、今日は早く寝ろよと強めに言うと、分かってますよと軽く返された。
「そのための夕飯でもありますから」
「よく食べてよく寝て、最高のパフォーマンスをしろよな。オレさまは見に行けないけど」
「宝物庫に来客でしたっけ? ニュースになってましたね」
「そうそう、シンオウからの研究チームで、チームリーダーがシロナさんっていう」
「シンオウのチャンピオンじゃないですか」
「そうなんだよ。もうほんと、何か不備があったらと思うとオレさま眠れない。割と真面目に」
「おまえはチャンピオンに"こだわり"過ぎるんですよ」
「シロナさんの試合見たことあるだろ?」
「ええまあ」
「あのガブリアス! 昔っからのパートナーで息が抜群。そもそも、ガブリアスをただ育てるだけでもマジで大変なんだぜ? それなのにあそこまで能力を引き上げる……はあ、スゲーわ」
「でもあの人、ドラゴン使いではないですよね」
「そうなんだよ! バランス型で、こだわりのタイプはない。だからこそ、すべてのタイプの深い知識が必要になるわけで……」
「これ以上は長くなるので作りながらにしましょう」
 お腹いっぱいになりそうです。ネズがげんなりと言うと、オレさまはまだ語るからなとキバナは食材を広げた。

 今日はシチューだ。カレーと具材はよく似ているが、バターとミルクの効いたシチューは胃に優しい気がする。どうせここ数日はまともに食べていないであろうネズのために選んだメニューなのだ。
 ネズが隣でピーラーを使ってじゃがいもやニンジンの皮剥きをする。それをテキパキと切ったりくり抜いたりしていると、あっという間に食材が出揃う。
「飾り切り、好きですねえ」
「どうせなら目でも楽しみたいだろー」
「ロマンチスト」
「リアリズムだけじゃつまんねーじゃん」
 それで、シロナさんのガブリアスがさあと具材を炒めながら言う。火が通ったら小麦粉とコンソメを入れて絡め、モーモーミルクを入れる。あっという間にシチューになった。少し贅沢な作り方だが、三人前なら大したことはない。
 ポケモンたちにそれぞれのフーズをネズと手けして用意してると、ただいまとマリィが帰ってきた。さあ、手洗いうがいを済ませたら夕飯だ。
 お互い、明日のための英気を養おうぜ。支度を整えて席につきながら言えば、そりゃもう当然ですとネズとマリィが頷いたのだった。

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