キバネズ/ただ僕の為だけに在るとして
タイトルは背中合わせの君と僕様からお借りしました。


 夢見たバタークリーム。
 悲しみよりも愛がほしい。ネズはそんなキバナを笑う。子どもっぽいですね。そんな笑い顔に仕方ないだろと、キバナはケーキを口に運びながら言う。
「オレさまはネズからの愛がほしいんだからさ」
 それだけ、それだけなんだ。シュートシティのカフェテリア。口内に運び込んだ甘ったるいバタークリームに、キバナは失敗したなと思う。こんなケーキを食べておきながら、言うセリフではなかった。
 だが、ネズは気を悪くすることなく、そうでしたかと上機嫌にくつくつ笑う。
「愛したがりの愛されたがりに、そこまで言わせるなんて、おれも酷い男になったものです」
「なんだそりゃ」
「おや、自覚がないんですね」
「無いって、そんなの」
「それはそれは、重症ですねえ」
 ネズの薄氷のような水色の目がゆるりと細められる。キバナはそれをじっと受け止めて、見返した。すると、ネズはまた、くつくつと喉を鳴らした。
「いいですよ、別に。おまえがどれだけ愛したがりの愛されたがりだろうと、おまえはおまえですから」
「オレさまは、そりゃ、誰にもなれないけどよ」
「だからいいってモンですよ」
 カフェテリアはネズに似合わない。こいつは薄暗いパブやバーがよく似合う。でも、彼を光の下に連れ出せるという事実が、キバナの中でむくむくと、優越感という形を持って現れた。

「それで、おまえはどうしたいんです?」
 おれはホテルにでも攫われてしまうんでしょうか。そんなふざけた態度に、そりゃいいなあとキバナはふわり、笑った。
「オマエをオレさまだけのものにできるなら、それもいいや」
 愛したがりの愛されたがり。そう言ったのはネズだろう。キバナが繰り返せば、ネズはそうですねと再三、笑った。
「おれを繋ぎ止めるのは至難の業ですよ」
「知ったことかよ。オレさまはダンデのライバルだぜ?」
「ふふ、そうでしたね」
 おまえは本当に強いから。ネズはぼやいた。笑みは消えた。

「おまえは本当に強いから、きっと、見えてない世界が多すぎるんですよ」

「ん?」
 あまり聞き取れなかったそれに生返事を返すと、いいんですよと笑われた。どこか、形ばかりの空虚な笑みだった。
「一先ず、今日はライブなので帰らせてくださいね?」
「当たり前だろ?」
 少し前に感じた彼を光の元に引きずり出せるという優越感。それが変化し、形を持ち、ただキバナのためだけに生きるネズがいたとしたらと思考が切り変わる。
 そうだとしたらそれはとびっきりの宝物だ。キバナにとって、宝は自分だけで愛でるものだ。そんなのだからおまえはダンデに勝てないんですよ。そう言われた気がして、うるさいなあとキバナは妄想の触手を振り払ったのだった。

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