キバネズ/ほろ苦いカカオみたいな初恋ね/曖昧な関係
タイトルは空想アリア様からお借りしました。


 甘ったるいチョコレートみたいな恋をしてみたいわ。
 SNSで見かけた広告に、キバナはふうんと顎を撫でた。ネズの歌とは正反対だなと思う。ネズの歌は哀愁を歌うもので、何よりも、ほろ苦い印象が強い。
 ネズ自身は甘いものも苦いものも食べたり飲んだりするが、その実どちらが好きなのだろうか。キバナはスマホロトムから指を離した。意を察したスマホロトムがネズの連絡先を出したものの、いやいいやとキバナは連絡をやめて、財布とスマホロトム、数体のパートナーだけを連れて隣町へと繰り出した。

 アポイントメントはとるべきだ。キバナはそれをよく知っている。だが、ネズに関しては、いつでもどうぞと合鍵を渡された時から、アポはたまにしかとらなくなった。
 恋人でも、親友でもないのに、合鍵を渡せる関係とは何だろう。キバナはトンネルを通りながら思う。友達にしては重すぎるし、相棒にしては互いをちっとも知らない。ただ、いつ家に入っても、大抵、奥の作曲部屋から顔を出して、ああキバナですかと受け入れられる。決して、笑顔というわけではないけど、嫌な顔はされたことがない。
「あ、スーパーでなんか買ってこ」
 スパイクタウンについて、適当な商店でサンドイッチの食材を購入した。ふらりと菓子コーナーを通ると、チョコレートが見えた。ホウエンから取り寄せたらしき異国情緒漂うそれは、ビター味がウリらしかった。やや迷ってから、カゴに入れた。
 会計を済ませて、全て紙袋に詰めると、ネズの家に向かった。

 道中、マリィがエール団と何やら会議をしていた。町中だぞと声を掛ければ、皆の広場やけんと一蹴されてしまった。ちなみに会議内容はいかにスパイクタウンを盛り上げるかであり、マリィの強化特訓も含まれているらしかった。トレーナーとして、向上心は良いことである。

 ネズの家につくと銀色の合鍵で解錠する。
「ネズー、オレさまだぞー」
 飯の用意買ってきたと言えば、作曲部屋からひょっこりとラフな部屋着姿のネズが出てきた。ラフとはいえ、寝間着のようなものではない。薄いシャツに、黒いカーディガン、それに合わせた黒のスキニーだった。
「おまえですか。夕飯の用意買ってきてくれて、ありがとうございます。作りますかね」
「おー、サンドイッチにするつもりだったんだけど、いいよな?」
「何でも。マリィには声かけましたか?」
「あ、夕飯については何も言ってねーや」
「まあ、マリィなら分かるでしょう」
 ガサガサと袋の中のレシートを確認すると、ネズは律儀に半額を暗算して財布から出し、キバナに押し付ける。それをキバナが財布に仕舞う間に、ネズはエプロンをつけてテキパキとサンドイッチの支度をはじめた。
 キバナも手を洗い、問いかける。
「オレさま何すればいい?」
「紅茶を淹れてください。おまえなら向こうの缶のやつ、淹れれるでしょう」
「できるけど、それいいやつじゃん」
「少々クセがあるので蒸らし時間を焦らないように」
「了解」
 ヤカンに水を勢いよく注いで、火にかける。ティーポットに茶葉を計って入れて、ティーカップを並べた。
「ただいま」
「おかえりなさい、マリィ」
「おかえりー」
 あ、やっぱりキバナさんがおる。マリィは不思議がることなく、今日の夕飯は何、手伝うと息巻く。ネズはそれよりパートナー達のバイタルチェックと手洗いうがいしてきなさいとキッチンから追い立てた。

 サンドイッチにブラックティー。充分な夕飯だろう。ポケモンたちにはフーズをたっぷりと用意したので問題ない。キバナが家に残したパートナー達はジムトレーナー達が世話を焼いてくれるに違いなかった。なので、こちらも問題ない。
 マリィとネズが町おこしのイベントについて詰めてる中で、たまに意見を言いながら、キバナはサンドイッチを食べ終える。
 食器洗いをしていると、ようやくイベントについての話し合いが終わったらしく、ややぐったりした様子の二人に、さっさと風呂入れよなと声をかけた。

 マリィが風呂に入った頃に、さてとキバナは席を立った。
「じゃあオレさま帰るから」
「いつもありがとうございます」
 おまえだとしても、二人きりより、人数が多いほうが食卓が華やぎますから。そうくつくつ笑ったネズに、キバナはそうだなあと小首を傾げた。
「なあ、ネズ」
「はい」
 キバナより背の低い男が見上げてくる。キバナはうんと言葉を選んで、告げた。
「オレさま達って何だろな」
 甘ったるいチョコレートではない。ビター味ほど苦くもない。じゃあ、この関係は如何に。そんな問いかけに、ネズは知ってますかと、弧を描いて笑ってみせた。
「カカオってほろ苦いそうですよ」
 でも、慣熟するとほんのり甘いとか。そう美しく笑った男に、あくタイプだなあなんて、キバナも笑ってしまった。

 これじゃあどうにもならないはずである。でも、それが心地良いのだから、当の昔にキバナもネズも、末期なのだった。

- ナノ -