キバネズ未満/エゴイスティックを夢見て/とくにあと事件の前をイメージしています/メロンさんがいます


 強くなくていい。そう言えたら良かったのに。

 ガラルにおいてのバトルとは、それ即ちエンターテイメントであり、最強を決める儀式であり、観客は残酷な審判である。観客は勝利を求め、敗者に弱者の称号を押し付ける。勝利こそが、エンターテイメントのバトルの全てだ。
 だが、ネズは違った。歌を歌い、マイクパフォーマンスで場を盛り上げ、ガラルでとびきり派手なダイマックスを使わずに挑戦者を叩きのめす。キバナは運良く勝ったが、次に戦ったらどうなるか分からない。そんな脳がしびれるような緊張感を、彼は相手に与える。

 だから、キバナはネズを決して軽んじない。また、キバナはネズにもそれを求めたかった。なのに。

「おれはだめなやつですから」

 キバナにとって、当たり前のようにバトルがエンターテイメントであること。それと同等に、ネズにとって、バトルは手段でしかなかった。彼はバトルで欲求を満たせない。町の復興をひょろ長い体で背負った男に、キバナは何も言えなかった。
 あんなに、バトルを楽しんでいたのに。あんなに、良いバトルをしたのに。最高のエンターテイメントだったのに!

 嘘だ。キバナもわかっている。ネズはバトルに真摯だった。彼は唯、エンターテイメントを手段として最大限活用しただけだった。
 シュートシティのトーナメント戦。控え室で、メロンが声をかけてきた。
「あんたねえ。また暗い顔して、どうしたんだい」
 そう、メロンがキバナを小突く。唯一、キバナが一度も勝てたことのないこの女性は、誰に何を言われようと、当たり前のようにポケモンを深く愛している。だから、トレーナーとして信頼できた。
「ネズが、ジムリーダーやめるって、いつ知りましたか」
 キバナの問いかけに、メロンはその事かねえと頬に手を当てた。
「あの子は長くないと分かってたからね。あんなに強烈なバトルをするんだ。そうは持たない」
「じゃあ、なんでそのことを言わなかったんですか」
「言ってどうにかなるもんかい。あの子の一番強いところは、あの意志の強ささ。他人にはどうにもできないよ」
 それでも。それでもキバナはネズと、もう一度コロシアムで、戦いたかった。
「ほら、キバナ選手。呼ばれてるよ」
 背中を押されて、キバナはコロシアムに立った。

 チャンピオンがゆっくりと歩いてくる。威風堂々。だが、小さな背中にガラルのすべてを背負わせてなるものか。たった一人にすべてを託してなるものか。ダンデの二の舞になんて、させない。キバナは挑む。
「今日こそ、チャンピオンに勝つ!」
 チャンピオンは目をわずかに見開いてから、こちらも負けるつもりはありませんと真剣に頷いた。


 シュートシティからナックルシティに戻る。メロンには、帰り際に、何かあったら連絡するんだよとレアリーグカードを押し付けられた。チャンピオンに負けた姿が、よっぽど打ちひしがれて見えたのだろうか。それとも悩んで、見えたのだろうか。
 ネズに、会いたかった。


 もう一度でいい。ベッドに寝転んでキバナは思う。そんなの嘘だ。一度なんかじゃ足りない。もっともっと、あのコロシアムで、熱狂的で残酷な観客に囲まれて、ネズと本気のバトルがしたかった。
 終生のライバルが頭の中で笑った。
「まるで恋をしているみたいだ」
 気がつくと、声に出していた。慌てて口を閉じる。ベッドの傍らで煙を吐いたコータスが、聞きませんでしたよと目をそらす。心底、ありがたかった。

 これが恋だったらよかったのに。恋というエゴの塊だったら、ネズに会いに行けたのに。
 ゴールデンタイム、つけっぱなしのテレビでは、ミュージシャンとして歌うネズがいた。ひどく、彼の男が遠かった。

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