キバネズ/鳥の巣/捏造を多く含みます


 巣のような世界だった。

 ヒトが一番最初に接するコミュニティ(社会)は家族である。それが実際どうであれど、キバナはスクールでそう学んだ。だが、目の前のネズを見ると、一概にそうとは言えないのではないかと思う。
 ネズにとっての最初のコミュニティは恐らくスパイクタウンだったのではないだろうか。推測でしかないが、キバナはその推測にある程度の自信を持っていた。
 だって、そうでなければこれほどまでに町を愛せないだろう。恋を贈り、愛を捧げ、身を委ねる。己が生は町と共に。そんなの、キバナには考えられなかった。

 キバナにとってのナックルシティは住心地の良い住処だ。ドラゴン使いを歓迎し、ガラルの全土に門戸を開く。シュートシティに比べるとやや古臭いが、そこがまた良いのだ。

 こぽこぽと湯が沸いた。思考の海から顔を出し、沸騰した熱々のお湯を茶葉を入れたティーポットに注ぐ。すぐに蓋をして、ついでに冷めるのを防止するためにカバーをかけた。砂時計もきっちりひっくり返すと、のそりと奥からネズが起きてきた。
「おはよ、ネズ」
「ああ、おまえでしたか。おはようございます」
「マリィちゃんならチャンピオンの家で同期とバトル合宿だってさ」
「知ってます。夜になったら家の中でゲームでもしなさいと、チェスを渡しておきました」
「あれ?」
「あれです。チェス盤が畳めるやつです」
「あれいいよなー、置く場所に困んねえもん」
「画期的ですよね」
 そうこうしていると砂時計の砂が落ち終わる。カバーを取り、ティーカップに注ぐとモーモーミルクを入れた。ミルクを先に入れるか、後から入れるか、人それぞれだが、キバナは水色がよくわかる後派だった。
 そういや、ネズはどっちなのだろう。この男のことだから、どちらでもいいですと言いそうなところだ。
「キバナは仕事の方どうなんです?」
「学会終わったし、しばらくは暇がありそうだぜ」
「そうですか、おれの方はアルバムの最終調整に入ってきますので」
「お、録音終わったの?」
「ええまあ」
 キバナがネズ宅に来たのは昨日の夜だ。その時点でネズは作曲部屋に籠もってたので、録音はそれより前に終わっていたのだろう。
 大詰めらしいネズは深いクマを目の下につくりながら、ミルクティーをゆっくりと飲んでいた。こくり、こくりと喉仏が上下するのを、キバナは、ああこの男も生きてるんだなと、感じられて好ましく思うことにしている。
「構ってやれませんが、合鍵は預けておくのでいつでもどうぞ」
「助かるぜ。オレさまの部屋、片付いてなくってさー」
「それは片付けなさい」
「そうなんだけど、一度休憩したい」
「まあ、いいんじゃないですか」
 そうだと、ネズがこいこいと手招きするのでティーカップを置いてソファに近寄れば、もっとですと腕を引っ張られた。そのままバランスを崩したようにネズの腕の中に入ると、ぽんぽんと頭を撫でられた。
「学会、よく頑張りましたね」
 お疲れ様です。そうして極めつけに、へらと笑ったネズにぽかんとしてしまう。兄の顔とも、恋人の顔ともつかないそれは、所謂こうかはばつぐんだ!であった。
「う、嬉しいー!」
「あんまり引っ付くんじゃないですよ」
「ネズが引き寄せたんだろ?!」
 ともかく、シャワーを浴びてまた部屋に籠もりますと言われて、キバナは惜しみつつも離れながら、洗濯とかやっておくぜといつものように明るく笑った。完成した巣のようなネズ家を踏み荒らすのは良くないが、それでも家事はやるに越したことはない。巣の主人たるヒトが修羅場ならば尚更だ。
「掃除と洗濯が片付いたら、なんかつまめるもん持ってくな」
「サプリがあるので平気です」
「ぜってーダメだから持ってくわ」
「仕方のないやつですねえ」
「どっちがだよ」
 キバナの返事にくっくっとへたくそに笑いながら、ネズは待ってますよと告げた。その取り繕ってない良い笑顔に、キバナは深く満足した。今日もきっといい日になるとさえ、思えるような笑顔だった。

 もしも、ネズにとってスパイクタウンが最初のコミュニティだとして。その次に触れた社会が己が街だとしたら、それは、ちょっとだけ嬉しいかもしれない。キバナはうっすらと思ったのだった。

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