キバネズ/銀色の約束事/ポケモンではない不思議の話/作られた運命と向き合う


 銀の輪。

 ある日、キバナの手元に銀の糸切れが落ちてきた。これは立派な糸だ。きっと誰かがふとした拍子に落としてしまったのだろう。キバナはそれを大切に持ちながら辺りを見回し、上層階の窓まで見たが、誰もいないし、窓は全て閉じられていた。それもそのはず、今日は雨で、傘もささずに立っているのはキバナぐらいなものである。
 雨だっていうのに傘一つ持たないんですか。愛しい人のそんな小言が聞こえたが、無視してキバナは帰路を急いだ。

 次の日、幸いにも風邪を引くことなく起きれば、銀の糸切れは長く幾重もの束となっていた。成長したのかとキバナは考え込む。糸切れが成長するなど有り得ない。だが、ここは不思議な不思議な生き物、ポケモンが闊歩する世界だ。何か不思議があったって仕方がない。
 一先ず、こういった事象ならばポプラの得意な案件だろう。キバナは仕事を早めに切り上げてアポイントメントを取ってから、アラベスクタウンに向かった。

 道中、アーマーガアタクシーの運転手が相乗りでもいいですかねと言うので、構わないといえば、スパイクタウン近くまで戻った。
 乗り込んできたのはネズだった。おれもアラベスクタウンに用があるんですよ。気怠げなネズに、そりゃ偶然だなとキバナは大して思うことなく受け入れた。

 アラベスクタウンに着くと、キバナはネズにオレはポプラさんのところに行くけどと問うた。ネズは奇遇ですねと顔をしかめた。どうやら目的地は同じらしい。

 ポプラの家で出迎えたのはビートだった。ポプラさんなら奥ですと、彼はすたすたと大きな屋敷を我が物顔で歩いて案内した。

 ポプラは暖炉の傍らで編み物をしていた。サイズからしてビートの靴下だろうか。ビートのブリムオンが起用に毛糸玉を持って手伝う中、ふと、彼女が顔を上げる。よく来たね。坊や、お茶をお出し。そう言われて、勿論ですともとビートは退室した。
「それで、銀の糸切れが増えたんだって?」
「「はい……えっ」」
 キバナとネズは互いに目を合わせた。そしてゴソゴソとポケットから二人が出した手の中には束となった銀の糸があった。
「これはね、古き呪文さ」
 まだこのガラルに人が住み着く前の、ポケモンだけが暮らしていた時の名残りさ。ポプラはきゅうと目を細めた。
「いわゆる、運命造りの糸さ。赤い糸なら知ってるんじゃないかい」
「でもこれは銀色だぜ」
「色なんてこの子たちにはさしたる問題でないんだよ、坊や」
 この子たち、と呼ばれた光の粒がふわりと揺れた。これはポケモンではない。アラベスクタウンを縦横無尽に飛び交う光の粒がぱんぱんと弾けた。
「これは好意だよ、坊やたち。無碍にするならそれでもいいさ。さあ、どうするかい」
「メリットとデメリットを教えてもらえますか」
 ネズの問いかけに、そうだねえとポプラは呟いた。
「メリットは、坊やたちが永遠を共にすることさ。それこそ、死後の世界も、その先の輪廻もさ。デメリットは、もう二度と別れることが出来ないことだね」
「二度と別れることができない、とは」
「運命が決まるのさ。相手に嫌気がさしても、坊や達は別れられない。必ず出会う、結婚よりも深い運命なのさ」
 さあどうするかい。ポプラの魔女の目がキバナとネズを見た。
「オレは、ネズとなら一緒にいたい」
「キバナ、そう簡単に決めてはいけません」
「一過性だと思ってんのか。この糸がオレ達の元に来たのは互いにそれなりの覚悟があるってことじゃないのか?」
「それは、そうでしょうけれど」
 ネズは迷いながら、銀の糸束をぎゅっと掴んだ。
「おれといたら、キバナは当たり前の幸福を手に入れられません。それがひどく、罪深い」
「当たり前の幸福ってなんだよ」
「女性と結婚し、子を成し、生きていくことです」
 おれでは子を成せませんし、制度上、婚姻を結ぶことも叶いません。懺悔のようなネズの言葉に、キバナは知ったことかと銀の糸束を握りしめた。
「それが幸福だなんて、なんでネズが決めるんだ。オレの幸福はオレが決める。オレの幸福は、ネズと一緒にいることだ」
「……おれは、おまえを幸せにできるのでしょうか」
「幸せだ。絶対に」
 話はまとまったかい。ポプラが言うと、ネズとキバナはポプラに向き合った。
「決まりました」
「ええ、そうですね」
「ではその銀色をお渡し。仕上げをしようかね」
 ポプラは二人から銀の糸束を受け取ると、両手で二つをよく混ぜてから、マポイップが運んできた糸紡ぎで糸を紡ぐと、あっという間に二つの指輪を作った。
「これを身につければまじないの完成さ」
 キバナは迷うことなく指輪を身につける。ネズもまた、ゆっくりと指輪を指にはめた。しゅるりと指輪が消えると、赤い跡が残った。それはいずれ消えるよ。ポプラが言うと、丁度、ビートが茶を運んできたところだった。

 ポプラの茶会を楽しむと、キバナとネズは帰路についた。そっと手を結ぶと、外だというのにネズは抵抗せずに指を絡めた。
「おれは、決して素直な人間ではありません」
「おう」
「おまえを困らせることだってたくさんあるでしょう」
「そうだな。でも、お互い様だろ」
 オレだってそう出来た人間じゃない。キバナがへらと笑うと、ネズは安心したようにふと笑った。
「今夜はおれの家に招きましょう。マリィに約束を報告しなければ」
「そりゃいいな。オレさまとしてもぜひご挨拶しねーと」
 とりあえずバトルは挑まれそうだと、キバナとネズは笑いあったのだった。

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