キバネズ/ドラゴンの宝物


 たとえばそう、歌うように語ることとか、微かに震える指先とか、真っ白な肌に滲む血潮とか。キバナは思うたび、ほうと息を吐く。そう、我が恋人たるネズは、一等の美術品のようだった。

『ドラゴンは巣穴に財宝を溜め込んで、それを守る習性が多く見られます。』
 よく聞く物語上のステレオタイプは、現実世界のドラゴンタイプにも多く見られる。しかし、巣穴に何かを溜め込む習性自体はドラゴンタイプ以外にもよく見られる。
 では、あくタイプはどうなのだろう。ネズに聞こうにも、憚られた。そう聞いてしまったら、ドラゴンタイプはどうなんだと聞かれてしまう。キバナはポケモンでも物語上のドラゴンでもないけれど、宝物を溜め込む気質だったからだ。そして、それがバレたくないと願う質なのだ。

 キバナは人には言わないものの、コレクター気質を持っている。だから、それを自覚して、なるべく溜め込まないようにと集めるものは厳選するし、諦めることもよくある。
 その点、SNSなどのウェブ上はどれだけ集めてもかさばらないから楽だ。何故なら、キバナが本気で宝物を溜め込むと、ポケモンたちや自分の生活がままならなくなるからだ。やはり、ウェブ上は便利だ。キバナがのめりこむのは当然だったのだ。

 日課のSNSのチェックをしながら、ブックマークしたお気に入りの写真を眺める。それはスパイクタウンで撮られた写真で、遠目にネズの姿が見える。ぐっと引いて撮られたそれからして、撮った本人はネズを気にしなかったに違いない。ただ、退廃的なスパイクタウンの光を撮りたかっただけだろう。
 だが、確かに、あの特徴的な髪型をしたネズが写り込んでいる。キバナはそれを眺めては、綺麗だなと改めて思うのだ。

 彼が守りたいスパイクタウンも、彼自身も、こんなにも美しく、綺麗だ。キバナはそれが一般的な感性ではないことは分かっている。それでも、そう思わずにはいられないほど、ネズとその周りに惚れ込んでいた。
「キバナ、シャワー、ありがとうございます」
 風呂から上がったネズに、じゃあオレも入ると着替えを持ってすれ違った。キバナとのバトルで砂だらけの泥だらけになったネズを自宅に招いたのだ。別に、ジムのシャワーを使っても良かったが、どうせなら自分の巣穴(家)にネズを入れてみたかった。お陰でキバナの気分は上々だ。

 さっさとシャワーを浴びて戻れば、ソファにちょんと座って彼自身のスマホロトムに話しかけるネズがいた。どうやら通話中らしく、相手はマリィのようだった。
「マリィはもう立派なトレーナーですし、門限にそう口煩くなるつもりはありませんよ」
 まあでも、暗くなる前に帰るか、友達の家に泊まりなさい。そう微笑むネズに、分かったけんとマリィが応え、通話が切られる。
「いいのか?」
 思わず聞けば、ネズはいいんですよと穏やかに語った。
「マリィに友達ができたのは、素晴らしいことですから」
 ジムチャレンジの良い副産物ですね。ネズはくつくつと笑った。
 その顔に、キバナはやや気まずくなる。自分ならば、大切なものを他所になどやらない。やる事が出来ない。故に、彼は己とは違うのだと、突きつけられた気がした。
「ネズはさ、」
 キッチンで紅茶をいれるための湯を沸かしながら言う。
「マリィが外にいても平気なんだな」
「はあ、当たり前では?」
「オレは兄弟とかいないし、何となく、そういうの分かんねえから」
 大切な大切な妹なんだろう。そうして顔を上げると、リビングのネズは何を当たり前のことをと呆れた顔をしていた。
「大切にすることと、過保護にすることは違います」
 まあ、比較的過保護なおれが言うことではありませんがね。ネズは歌うように言った。指先がゆるりとおいしいみずの側面を微かに撫でた。
「あくタイプは縄張り意識が強い傾向にありますので」
 おれはその縄張りが侵されない限り、何もしませんよ。そうして、べ、と薄赤い舌を出されて、キバナはあちゃあと頭を掻いた。

 どうやら、思っていたことも、意図も、何もかもがお見通しだったらしい。

「ドラゴンタイプとはやっぱ違うなあ」
「そりゃそうでしょうとも」
 ところで、おれはおまえのお眼鏡に適ったんですかね。さらりと言われて、キバナはそれこそ当たり前だろと、茶葉を入れたティーポットに熱々の湯を一気に注いだ。
「ネズは一等の宝物だ」
「そりゃどうも」
 まあ、巣穴に溜め込まれるのは真っ平ですけどね。そんな素っ気ない言葉に、ひでーのとキバナは砂時計をひっくり返したのだった。

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