キバネズ/側面


優しさ、甘さ⇔苦さ、
天音、雨空、雨天、
雲間

 光
  光
苦しさ
苦さ
鈍痛

 あ、きみがいた。


 優しさとは甘さだ。そして同時に苦さでもある。二律背反のそれを、ネズはよく知っている。現に、キバナの愛はただひたすらに甘く、同時に胸を刺すような苦味を、ネズにもたらした。

 外ではしとしとと雨が降っている。今日は一日雨模様ですが、時折光が射すこともあるかもしれません。そのようなときは虹を見るチャンスですね。無邪気なキャスターの声音に、だってさとキバナは外で遊ぶヌメルゴンとヌメラを見た。彼らは雨を好む。絶好の水遊び日和だろう。ぱしゃんと水溜りに跳ねて飛び込んだ。後片付けも風呂も、後で考えればいいだろう。今は、楽しそうな彼らを好きにさせるべきである。
 ネズは紅茶をキバナの前に置いた。どうぞ。渡し方こそ素っ気ないが、茶葉はネズのとびっきりのお気に入りだ。キバナは香りでそれを察して、ありがとなと染み入るような声をかけた。ネズはそうですかとこれまた素っ気なく顔をそらしたが、耳は赤く染まっていた。

 キバナの愛はいつだって優しくて。いつだって息苦しい。ネズはとびきりの紅茶で精神を安定させながら思う。お気に入りの香りは、ネズに安定をもたらす。匂いと共に、家族と過ごした幸福な時間が脳裏に蘇った。香りとは、記憶と結びつきが強いものだ。かつて、そんなようなことを聞いた気がした。

 ふとキバナが、あ、と声を出して指をさした。雲間から光が漏れていた。
「虹だ」
 美しい虹に、ネズはほうと息を吐いた。見事なそれの向こうで、黄金よりも尊い何かが飛んだ気がした。

 キバナがマグを置いて振り返る。ヌメルゴン達がはしゃいでいる。
「見に行こうぜ!」
 もっと近くで、あれがみたい。そう言われて、ネズはくしゃりと手にしていたマグを潰しそうになった。そんなことは、できるはずも無いけれど。
「虹は遠くから見るべきってもんです」
 分かりましたか。諭すように言えば、分かんねーなとキバナはきらきらとした顔のまま言った。
「オレがネズと一緒にいたい理由なだけだ」
 ほんとは虹なんてどうでもいいんだ。そう照れたように言った大男に、ネズはきゅっと胸が苦しくなった。息苦しくて、嫌になる。それなのに、離れられないから厄介だ。どんな依存症よりも恐ろしく、どこか愉快にさえ思えた。
「言われなくとも、共に居ますよ」
 そう告げれば、キバナはぱっと顔を明るくして、そりゃいいやと笑った。ヌメルゴン達が、出かけないのと不思議そうに首を傾げた。

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