キバネズ/本音/須く潔く高潔/ダンデさんもいる/おしまい


 冬が遠のいていく。バレンタインが近い。
 ふむ、とネズはスパイクタウンの馴染みの店で酒を飲みながら考える。キバナへの贈り物はどうしようか。アレのことだから、きっと薔薇の花束でも贈ってくるのだろう。だから、花束を贈るのはナシだ。
 食品にしますかねえとネズは酒を煽る。そういえば他の地方ではチョコレートを贈ることもあるとか。ならばチョコレートにしてみようかと、ネズは決めて席を立った。会計はその場で済ませた。

 シュートシティでチョコレートを予約し、帰路に着こうとしたころ。おやと声をかけられた。ふと振り返れば、ダンデが立っていた。
「ネズか! 久しぶりだな」
「久しぶりですねえ」
「シュートシティに来るなんて何かあったのか?」
「いいえ別に。今年のバレンタイン用に仕込みを少々」
「あくタイプらしい顔だな!」
「悪知恵というほどではありませんよ」
「で、バレンタインはキバナに、か?」
「そうですけど」
「相変わらず仲が良いな」
「まあ、パートナーみたいなものですからね」
「惚気か」
「そういうつもりはないんですけど」
「仲が良いのは悪いことじゃない。いいんじゃないか、別に。お互いのファンも認めてることだしな」
「ええまあ、その様ですね」
「あ、バトルタワーでもバレンタインイベントやるべきか? あそこは景色が良いからなあ」
「それなら、マルチバトルを開放してみればどうでしょう」
「マルチバトル! 噂に聞くあれか! ネズはワールドツアーで他の地方に行ったんだろう? やってきたのか?」
「体験しましたよ。資料の取り寄せなら手伝いますけど」
「いいのか? 助かる話だが……」
「構いませんよ。そもそも、本気で一日限定マルチ開放なら参加者も押し寄せることですし、宣伝も欠かせませんし、やることは沢山ありますよね」
「そうだな……手伝ってくれるか?」
「勿論です。ただし、当日はキバナと過ごすので」
「それこそ、勿論だ」
 ダンデはニッと笑った。少しだけ、キバナの笑みと似ていた。ライバルは似るもの、だろうか?


 それからはネズはライブを欠くことなく続け、昼間はシュートシティのバトルタワーに通った。バレンタインの一日限定マルチバトル開放の宣伝はまたたく間にガラル中に広がった。その宣伝の際に大きな活躍をしたのは多くのフォロワーを抱えるキバナだったが、忙しくて会う暇はない。ネズはキバナとのメッセージのやりとりは欠かさないものの、キバナもキバナで書類の期限がどうのこうのと会えるような時間はなかった。


 かくしてバレンタイン。真っ昼間のシュートシティからスパイクタウンへの帰り道で、予約しておいたチョコレートを購入し、これまた予約していたタクシーでスパイクタウン近くに帰る。
 家の前に着くと、明かりが灯っていた。マリィはシュートシティのマルチイベントに招かれているので、居るとしたらキバナしかいない。
 呼び鈴を鳴らしてみると、ばたばたと音がして、キバナが扉を開く。
「ネズ、おかえり。お疲れさん」
「ええ、ただいまです。キバナこそお疲れ様です」
 部屋に入ると、キバナが見てくれよとリビングの花瓶を見せてきた。真っ赤な薔薇の花束だ。その量はキバナでないと運べないほどの重さだろう。
「バレンタインですね。おれからはこれをどうぞ」
「お? チョコレートか?」
「他の地方ではバレンタインの贈り物として定番らしいですよ」
「はー、そうなんだ」
 あ、これシュートシティの限定品じゃん。キバナはこれ食べてみたかったんだよなと笑う。一緒に食べようぜと、キバナは紅茶を淹れ始めた。
 ネズはマフラーを外し、コートをハンガーに掛ける。部屋着に着替えて、ふと思うのは、ダンデに言った言葉だ。
「パートナーみたいなもの……」
 ふわふわと曖昧な関係だが、あんなにするりとパートナーと言えるとは思わなかった。そろそろ、潮時かもしれない。ネズはリビングへと戻った。

 紅茶の良い香りがする。テーブルにはチョコレートの箱とティーカップで淹れられた紅茶が並んでいる。ディナーは仕込んでおいたからなとキバナが笑う。お前こそ疲れてるだろうに、手伝いますよと言えばへらと笑って助かると受け入れてくれた。
「そういえばさあ、薔薇の数何本だと思う?」
「お前のことだから百本でしょう」
「正解。いやー、今年も店の人に止められたんだけどよ」
「それでも用意したんですねえ」
「そうそう。ネズこそこのチョコレート、予約限定品だろ?」
「きちんと予約しておいたんですよ。おれはイイコなんでね」
「よく言うぜ」
 あのさあ、とキバナは言う。
「好きだ」
「おれも好きですよ」
「うん。知ってる」
「おれも知ってます」
 うん。キバナは頷いた。
「いやさ、花束受け取る時にヤローと会ったんだけど、そういや告白してねーなって」
「何か言われたんです?」
「いや、ふつーに惚気聞いてもらってたら、何かそういうの言ったことねえなって気がついて」
「そうですか」
「ネズは思わなかったのか?」
「そうですねえ……まあ、告白のようなものはしてましたし、まあ、潮時かなとは思いましたけど」
「潮時って?」
「そろそろちゃんと好きだと言わないとと、思いまして」
 お前から言ってもらえて嬉しいですよ。ネズはくつくつと笑うしかなかった。
「おれからでは中々素直になれませんから」
「はー、それもそうだな」
 言ってよかった。キバナが笑う。ネズもまた、へらと笑った。
「明日は指輪を買いに行こうぜ」
「おや、もう結婚ですか」
「オレさまもネズも街を離れられないから、別居だけど、いいよな?」
「勿論です」
 式には皆呼ぼうぜ。そうキバナが言う。薔薇の香りとチョコレートの香り、そして紅茶の香りが混じり合って、幸せのにおいがした。

 ああ、あの呼吸音の響く寒々しい夢はもう見ないのだろう。ネズは心の底から安堵したのだった。

- ナノ -