キバネズ/予兆/太陽光と磁石


 歓声は遠く、光は遙か。永遠にも思えるそのバトルは、現役最後の大舞台だった。

 夢を見た。もう随分と前の夢だった。ネズはむくりと起き上がる。ベッドは冷たい。そろりと抜け出してヒーターを付けた。ポケモンたちはボールの中なので平気だろう。ネズはしばらくもぞもぞとベッドの中に戻って藻掻いてから、決心をしてがばりと起き上がった。

「おはよ、ネズ」
 キッチンにはキバナがいた。そういや合鍵を渡してましたねとか言いながら、ネズはしゅしゅと鳴るヤカンをぼんやりと見つめる。当たり前のように存在するキバナが、本の少し不思議だった。
「簡単な飯なら作れるけど」
「頼みます。おれはポケモンたちの飯を用意するんで」
「あ、オレさまの方も頼む」
「わかりました」
 いそいそと準備していると、全てが整った頃にはマリィが起きてきた。
 人間たちの朝食と、ポケモンたちの朝食を終えると、やっと一息つく。仕事があるというキバナと並んでナックルシティに向かった。タクシーは使わないのかと問えば、ネズと話したいからなあと言われた。

「最近どうよ」
「最近もなにも。ああ、明日はライブですね」
「スパイクタウンの奥か?」
「そうですよ。おまえも来ますか」
「いいのか?!」
「突然来られると困るんですよ。ちゃんと関係者スペースに居てもらいますからね」
「ええーまあいいけどよ」
「何ですか、不満ですか」
「んー、一般席から見るとまた違うじゃん」
「混乱が起きます」
「そうだけどさあ」
 ちぇと拗ねた様子のキバナに、ネズはいい大人が拗ねるんじゃありませんと顔を上げた。
「明日はルリナも来るそうですよ」
「え、まじ? この間のバウタウンでのあれこれ?」
「そうですね、またライブを見てみたいと言われまして」
「それだけ?」
「……モデルをやってみないかと言われまして」
 おれにはモデルをやるような器用さなんて無いとライブで伝えようと思いまして。ネズが淡々と言うと、いやそれとキバナがぼやいた。
「多分、逆効果だろ。ネズはライブでめっちゃ輝くし、写真になって残ったらどんなにいいかって思うだろ」
「そんなことを言うのはおまえぐらいですよ」
「オレさまだけじゃねーって!」
 ほんとだぞと言われて、そうかとネズは思う。ひゅうひゅうと呼吸の音がした。外は寒い。ガラルの冬は一段と冷える。
「モデルするならオレさまも呼んでくれよ」
「何故ですか」
「オレさまがネズの一番いいショットを選んでやるからさ!」
「嫌です。そこはプロに任せますよ」
「そっかーまあいいけど」
 とうとうモデルデビューかなんてしみじみと言うから、まだ決まってねーですとネズは釘を刺した。

 ナックルシティはもうすぐだった。城塞の街に着くと、ネズとキバナは分かれて、それぞれの仕事に向かう。キバナはジムへ、ネズは買い出しへ。今日も二人の時間はくるくると回るのだった。

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