キバネズ/隙間/蜂蜜とレモン


 恋人になったら、僕はハッピーエンドですか。永遠に問い続けたいテーマだと、思った。

 ネズの哀愁は多くの人の心を突き刺す。心のやわいところを狙って、ネズは歌を、曲を、作り上げていく。それは心の隙を狙うということだ。バトルと同じそれに、ネズは躊躇いがない。だから哀愁のネズとしてラブソングを歌い続けられる。

 勝手知ったるベッドの中、ごろごろとワンパチのように寝転がるキバナが、作曲中のネズにはたと問いかけてくる。
「そんなネズの恋愛はオレさまでいいの?」
「うるせーですよ。おれはおまえと哀愁の押し付けあいはしてませんから」
「傷口を舐め合うんだっけ?」
「塩でもいいですよ」
 傷口に塩を塗って広げて、痛みを得る。なんの得にもならないなと、キバナは呆れ顔だ。
「ネズはハッピーエンドに興味ねえの?」
「おれはもうハッピーエンドを迎えましたから」
「あー、またそう言う」
 幸せが逃げてくぞと言われて、この程度で逃げていく幸せに興味はありませんと答える。それは本気だった。自分のハッピーエンドは、マリィをジムリーダーに引き継げたことで一応迎えているのだから、これ以上はエンドロールだ。

 哀愁を歌うことで、自身の幸せな恋愛を遠ざけていないか。ファンにはそんな心配もされたりするが、残念ながらヴィーナスでもあるまいし、恋なんてそうそう必要ない。
 大多数の人間は、恋愛を知る前に哀を得るのだ。ネズはそれをよく知っている。だから、そこを狙うのだ。
「ネズは薄幸だよなあ」
「悪口ですか受けて立ちますよ」
「オレさま負け確だからやだ」
「そう言わずに」
「嫌だ、無理、泣く」
「いい大人が泣いてんじゃねーですよ……うわっもう泣いてる」
「ネズと喧嘩したと思ったら泣けてきた」
「ええ、空想で泣かれても……」
「空想だよな? ほんとだよな?」
「そうですよ、喧嘩してませんよ。おまえ何歳児ですか」
「ネズお兄ちゃんがいじめる」
「おれには可愛い妹しかいません」
「だよなあ、オレさまは弟じゃないもんなー!」
「急に立ち直りましたね」
「おう。だからバトルしようぜ」
「曲作り煮詰まってたんで丁度いいです。頭をスッキリさせるバトルをしやがれ」
「おう、望むところだぜ!!」
 キバナはニッと笑って外へと駆け出した。ネズもそれを追いかけつつも、走ることなくゆっくりと外に向かったのだった。

 外は晴天。雲と霧に覆われがちなガラルでは珍しい空模様だ。
「お、日照不足にいいな」
「野菜とか育たないですからねえ」
「ブラッシータウン辺りは晴れ間が多くていいよな」
 じゃあバトルだ。ルールは一対一のシングルバトル。
「おまえ、専門はダブルバトルでしょうに」
「シングルに対応してないわけじゃないぜ?」
「あと、この野良のバトルコートには、当然ダイマックスはありませんよ」
「わぁかってるって!」
 じゃあ、はじめよう。歌うようなネズと、天候を操るキバナの、唯一無二の戦いを。二人はそれぞれ、ボールを投げたのだった。

- ナノ -