キバネズ/静寂/肺の奥で眠る/会話中心


 反響する呼吸音。機械の低い稼働音。夢だ。ネズは気がつく。夢の中では、自由な人が多いのだろう。ネズは思う。自分の夢は、いつも自由とは程遠い。機械と繋がるコードを思う。いっそ乱暴なまでに外すのは、いつもあの太陽のような男だった。今日はいつになったら助けに来てくれるのだろう。気まぐれに見えるのに、その実やけに誠実な彼を思った。

 目が覚めた。シュートシティのカフェの中。うつらうつらとしてしまったらしい。ふと顔を上げると、お、とSNSをチェックしていたらしい彼と目があった。
「おはよ、ネズ」
 寝不足かと問われて、そうかもしれませんねえとネズは首をぐるりと回した。ごきりと、空気の弾ける音がした。
「喋ってたら、突然眠りだしたからさ。よっぽど疲れてんだなあって」
「まあ、疲れてますね」
 でも、マリィほどではない。そう言うと、引き継ぎ作業かとバレた。全く勘の良い男だ。
「オレさまもいつか誰かに引き継ぎすんだろうなあ。そのときはよろしくな」
「別にいいですけど、おまえの引き継ぎは当分先でしょうに」
「そーだろうな!」
 呼吸音。ネズはハッとした。またあの音がする。低い機械音。響く呼吸音。夢なのだろうか。たらりと冷たい汗が流れた。
「ネズ」
 彼の、耳に心地良い声がする。
「そこ、ジバコイルがいるだろ」
「あ、」
 後ろの席にジバコイルを連れたトレーナーがいた。機械音はこれか。ネズはほっとした。ならば呼吸音は自分の呼吸だろう。

 程々に賑やかなジャズが流れるカフェ内で、ネズはキバナと対峙している。
「エキシビションマッチだけどさあ、やっぱスパイクタウンでやろうぜ」
「おや、ナックルシティで調整していたのでは?」
「いやー、実は宝物庫にしばらく客が来ることになってさ。平たく言うと、他地方から研究チームが来るらしくて」
「ああ、なるほど。そっちの調整ですか」
「オレさまそっちにかかりきりになるし……」
「ではエキシビションマッチの日程を変更すればいいんでは?」
「それは無理だろ。ネズ、ワールドツアー前だし」
「そうなんですよねえ」
 では、スパイクタウンでやるしかない。ネズは調整しておきますねと軽く応えた。
「しかし一年かけてワールドツアーだろ? スパイクタウンの皆が寂しがるな」
「まあ、マリィがいるので平気でしょう」
「あとオレさまがつらい」
「SNSで活動記録残しますので我慢しやがれなさい」
「絶対だかんな!」
 毎日3回以上はチェックしてやると騒ぐキバナに、はいはいとネズは冷たくなっていた紅茶を飲んだ。

 キバナはそれにしても、と口を開く。
「しっかしワールドツアーって思い切ったことするよな」
「そうですか? まあ、いつかスパイクタウンの宣伝を全国でやってみたかったので、おれとしては、そう唐突な話ではないのですが」
「ガラルの人間を集めるだけじゃ飽き足らずってか。貪欲だなあ」
「おまえに言われたくはありません」
「ひでえなあ」
 ま、程々に頑張れよ。オマエって無理しがちだから。そう言われて、当たり前ですとネズは眉を寄せた。
「無謀な無理だけはしないようにとマリィによくよく言い含められてますので」
「さすがは家族だな。よく分かってんじゃん」
「兄としての威厳が無いのが悲しいですね」
「オマエ、自分の過去の行動見直してみろよ。威厳とか言ってる場合じゃねえぞ。開会式には出ろよ」
「なんの事ですかねえ」
「しらばっくれてやんの」
 あーあ、ネズがいないと寂しいのになー。キバナがそうぼやくと、ネズは仕方ないでしょうとまた繰り返した。体中に浴びるような呼吸の反響音がした。
「一年なんてすぐですよ」
 これまで通り。今までのように。そう言えば、キバナは違いないと太陽のように笑ったのだった。

- ナノ -