キバネズ/結局みんなポケモン好きなのだ/本の虫


 しんとなる、雪の日に。

 スパイクタウンはキルクスタウンに近いだけあって、比較的に他の街より寒く、雪雲が流れてくることすらある。しんしんと降る雪は、積もることはなくとも、肌を刺すような冷たさを人やポケモンに伝える。
 うちっぱなしのコンクリートの階段で、キバナははあと息を吐いた。息は白く、雪が降る。やけに寒い日だ。いくらスパイクタウンとはいえ、こんなに寒いことは案外少ないのではないか。
「何やってるんですか」
 おれの家の前で、なんてこと。いつの間にか立っていたネズは不可解そうに眉を寄せた。ライブ帰りの彼に、おかえりとキバナは笑いかけた。

「いやーオレさま明日オフでさー」
「はあ」
「妹ちゃんは?」
「チャンピオンの実家でパーティだそうですよ」
「へえ、パーティねえ」
「ビートの誕生日が分からないそうなので皆で今日、祝うことにしたそうですよ」
「え、マジか。それポプラさんはなんて言ってんの?」
「たまには人と会いなさいとか何とか……ポプラさんも適当な日にビートの誕生日を祝うんじゃないですか」
「あー、そういう人だもんな」
 わかるわとキバナは手をすり合わせ、息を吐いた。ネズの家に入ったが、暖房をつけたばかりで、部屋がまだ暖かくない。寒いなあと縮こまっていると、いつもそれなら可愛らしいんですけどねと言いながら、ネズがタチフサグマを貸してくれた。タチフサグマは暖かく、ほっと息を吐いた。手持ちを出そうかとも思ったが、ドラゴンタイプは寒さに弱いのだ。ほのおタイプもいるが、ちょっと、どころか、かなり熱すぎる。
「ミルクティーでいいですか」
「もちろん!」
 ネズが薄着でテキパキと紅茶を淹れている。寒くねーのと問かければ、寒いですよと返ってきた。
「おまえよりは寒さに耐性があるだけです」
「はーそっかあ」
「なんですかその目は」
「いや、なんかさ、今ならネズが湯たんぽになるのかなって」
「タチフサグマ、締めてもいいですよ」
「ヤメテ!」
 冗談ですよとネズはくつくつと笑った。

 紅茶が入った頃には、部屋はすっかり暖まっていた。キバナのフライゴンが勝手にボールから出てきて、タチフサグマとなにやら会話を楽しんでいる。ポケモンはポケモン同士なら種族が違えど何となく通じ合えるものらしい。羨ましいなと純粋に思う。キバナだってジュラルドンと喋ったりしてみたい。
「充分、コミュニケーションが取れてるじゃないですか」
「それはそうだろうけど、言葉がわかるのと分かんねーのとじゃ違う話だろ?」
「そうですかねえ」
 それで、とネズは問いかけた。
「何か用があったんじゃないですか」
「ん? ちょっとネズに会いてーなって」
「はあ? おまえ、そんな理由であの階段に座ってたんですか」
「うん」
「おまえ、馬鹿なんですか……」
「ポケトントレーナーは皆イカれてるだろー」
「まあ、砂嵐やあられでも戦いますけど」
「そーいうこと!」
「はあ……」
 やってらんねえですよ。ネズは眉を寄せてミルクティーを飲んだ。キバナもまたミルクティーを口にする。豊かな香りと濃いミルクが口内でまろやかに広がった。
「パーティの後はお泊まり会だそうですよ」
「うえ?」
 素っ頓狂な声を上げるキバナを横目に、ネズはさらりと告げた。
「今晩はおれ一人なんで」
 泊まってもいいですよなんて言われて、キバナはミルクティーを抱え直した。熱いのに、脳みそのほうがよっぽど熱かった。
「いいのか?」
「ただしお前の寝床はソファです」
「全然大丈夫!」
 じゃあじゃあとキバナは湧き上がる気持ちのまま告げた。
「オレさま、ネズとポケモン談義したい!」
「どうぞお好きに」
「ちょっと資料とかナックルシティの図書館から借りてくる!」
「どうぞ」
「じゃあまたな!」
 ミルクティーをテーブルに、キバナがばたばたと部屋を出ていく。残されたフライゴンは、どうせご主人また来るしと穏やかにタチフサグマとの会話に戻った。

 そしてネズはというと、夜通しポケモン談義したいだなんて、まるで子どもみたいなやつですねと笑っていたのだった。

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