キバネズ前提ネズ+ホップ/かの王は言う/似たような話ばかり書いてますがオタクのサビだと思っていただけると嬉しいです。


 飛び跳ねて、落ちて、水飛沫にまみれて、嗚呼と、やっと気がついた。この人と自分は違うのだ、と。

 キバナに声をかけられるようになってしばらく経った。バトルに応えなければそのうち飽きるだろうと予想していたのに、キバナはずっと声をかけてはにこにこと笑っている。なんと、話題なんてバトルばかりだったのが、そのうちにポケモンの育成法や、日常生活のささやかな話までと、いつの間にか増えていた。ネズは全てに大して答えてはいない。小さな返事をイチとすると、ジュウの返事をキバナは返した。
 そこまで来れば本格的に目をかけられていると気がつく。ネズは面倒なことになったと目眩いがした。目眩いに気がついたマリィは、アニキは自分が思うより面白い人間だもん、だから当たり前やけんと、何故か満足げで、自信たっぷりに言っていた。どういうことだろう。ネズは静かに息を吐いた。
 ネズは自身に面白味など一つもないと思っている。だって歌うことでしか自分を表現できず、歌うことでしかバトルも出てきない。本当に駄目なやつだと思っている。だが、キバナはこういうのだ。
「オレさまさ、ネズの歌が好きだぜ」
 いやおまえみたいな人間におれの歌は響かないだろう。決めつけたかったのに、やけに自信有りげに言うから、ああそうですかと諦めるしかなかった。ネズはいつもそうだ。何もかも諦めて、それでも諦められない線引きを作った。その線引きはスパイクタウンを守ること、マリィを育てることに関するものだが、キバナは器用にそれらを肯定してくる。厄介だ。誠に厄介で仕方がない。

 そこに踏み入れられれば否定できるのに、踏み入って来ないから、ネズは彼を否定できないのだ。
「流されやすいってことか?」
 もう何回目かもわからない子どもたちとのお茶会にて、きょとんとホップに言われた。今日は忙しい子どもたちの中で、ホップだけがネズと同じテーブルにいる。
「そうとも言いますね」
「ふうん」
 ホップは器用な人間だ。パートナーのバイウールーはネズのタチフサグマとずつき遊びをしている。ネズはホップを羨ましく思う。同時に、苦労性だと呆れる。おれなんか気にしなくていいのにと、ネズは思う。
「でもさあ、ネズさん優しいもんな」
 優しい。その言葉にネズは果てと首を傾げた。優しいのはホップだろう。そのままを口を開いて言えば、ホップはありがとなと言いつつも、続けた。
「ネズさんは献身ができる人だろ。でも、キバナさんはそういう人じゃない」
「はあ」
「キバナさんはみんなを引っ張れる人で、ネズさんと全然違うから、もっと話したいって思うんだと思うぞ」
 だって、自分だってそうだから。ホップはニッと笑った。ゆらりと、英雄の入ったモンスターボールが揺れる。英雄が認めた王の有り難い言葉に、ネズはそうですかねと曖昧な返事をした。
 ネズさんはさ、ホップは言う。
「キバナさんのこと羨ましいか?」
「……さあ、どうでしょうね」
 うそつき。旅を経てしたたかになったホップは柔らかなダウトを告げた。
「羨ましくは無いです」
 ネズは仕方ないから、本心に近い言葉を口にした。言葉にしたら、決めてしまったら、自分がどうにかなってしまいそうで、ネズは怯んだ。それをホップは見逃さない。
「じゃあ、好きか?」
 好きか、嫌いか。表面的には二択の質問だ。でも、ホップはそれを求めていない。ネズにはそれがわかる。ネズのことをよく知るホップは、意地悪でごめんなと後光が射すような微笑みを浮かべた。ここに王がいる。平民のネズには眩しいばかりだ。
「飽きてほしいんですよ」
 おれなんかに構わないでほしい。それが本心だ。
「だって、おれはあれに何も返せませんから」
 自分には返せるようなものは何もないから。懺悔のような言葉に、ホップはそれは違うぞと反論した。
「それは違うぞ、ネズさん。だって、それを決めるのはネズさんじゃないんだから」
「じゃあ誰が決めるってんですか」
「キバナさんだ」
 そうして、今この瞬間ならば、ホップだ。
「相手が決めることを、自分が決めつけちゃいけない。だって、決めつけたらそこで止まっちゃうからな!」
 それは、とネズは顔を上げた。
「体験談ですか」
 にぱっと、ホップは笑った。
「それはどうだろうな」
 やれやれ、ホップは本当にしたたかに育ったものだ。ネズはまた諦めて、紅茶によく合うスコーンのお代わりを用意したのだった。

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