キバ→ネズ/確定未来/世界が平和になった話/当たり前のことが当たり前だとわからない話/友情出演はマリィちゃんとホップくんです


 ガラルに訪れた危機は英雄によって解決されたのである。

 そして、その英雄は真なる王を見定めたのだ、と。

 ネズは充分に沸騰した湯をティーポットに注いだ。ティーバッグを落とし、蓋をして砂時計をひっくり返す。あとは待つだけだ。
「ネズさん!」
 スコーンそろそろ焼けるって。そうはしゃぐホップに、それは良いタイミングですねえとネズは下手なりに笑った。

 スコーンを焼いたのはマリィとホップだ。ビートとチャンピオンにも声をかけたが、どうやら予定が合わなかったらしい。不定期に開催されるこのお茶会に、はてさて自分が居ていいものかとネズは思うのだが、子どもたちは揃ってネズさんだから大丈夫と繰り返した。どういう意味なのだろう。
「マリィはスコーン焼くのうまいよなあ。ネズさんの紅茶もばっちり! すごいな!」
「ホップが焼くアップルパイもうまかよ」
「え、そうかな……」
「おれもおまえのアップルパイ、好きですよ」
「へへ、ありがとな」
 ホップが照れている横で、湯気の立つミルクティーを飲んだ。程よい温度のそれは、ホップが褒めた通りに上手く淹れられていた。マリィのスコーンを上下に割り、クロテッドクリームといちごジャムを乗せれば、甘さともさもさとした食感が癖になる。
「ところでネズさんのことを、キバナさんが探してたんだけど」
「は?」
 斜め後ろから豪速球で投げられたそれにネズは子どもには多少可哀想な返事をしてしまった。しかしホップは気にすることなく続ける。
「いやなんか、バトルしたいんだけど予定あいてないかなー、メッセージもスルーされるしーって」
「アニキ、既読無視はさすがに可哀想やけん」
「それもそうですね。でもあいつは何でホップに……」
「とりあえずこれさっきの話でさ、何か既読無視するぐらいなんだから何かあるのかなあって思って、今からネズさんに会うけど言わないでおこうって」
「おまえは相変わらず、見事に空気を読みましたねえ……」
 お礼にミルクティーの二杯目をあげましょうねとミルクと紅茶をティーカップに注いだ。
「で、なんでキバナさんのこと避けてるんだ?」
 ホップの素朴な疑問に、そうですねえとネズは指を絡ませながらふうと息を吐いた。
「陽キャは基本的に合わないんですよ……」
「よ……?」
「アニキ、決めつけはいかんと」
「いやどっからどう見ても陽キャじゃないですか。アニキは陰キャ極めてるんで」
「いん……?」
「アニキ……」
 ホップの不思議そうな顔と、マリィの哀れみの籠もった目に、ネズは仕方ないでしょうと言った。ぽーんと時計が鳴った。
「おれとあいつでは生きてる世界が違うんですよ」
「そうなのか?」
「そうなんです。なのでホップはこれからもおれのことは伝えないでください。本人にそう言ってもいいので」
「それ、キバナさんだったらそのうちスパイクタウンに押しかけてきそうじゃないか?」
「うわあ……」
「アニキ、腹くくって」
「嫌ですよ」
 おれはそもそもジムリーダーも退いたのですから会う理由なんてありません。取り付く島もないネズの様子に、ホップはそっかあとちょっと眉を下げた。
「キバナさん、ネズさんのこと気に入ってるみたいだったのにな」
「あいつ、本当にノイジーなんですよ」
「ホップごめんね。アニキ、頑固だから」
「ちょっと意外だな!」
「頑固で結構です」
 それよりもスコーンは冷める前に食べてしまいなさいとネズは子どもたちに勧めたのだった。


 そんな事があった次の日。
「よっ!」
 台風が来た。キバナがスパイクタウンに立っている。ネズは運悪く出会ってしまった。運悪くも何も、ネズのホームは小さなスパイクタウンだ。キバナが来たらそりゃ遅かれ早かれ会うことになるだろう。
「何か用ですか」
「バトルしようぜ!」
「嫌です。帰ってくだせえ」
「じゃあ何か食おうぜ。腹減ったし」
「まあ昼時ですけど」
「オススメの店とかある?」
「あっても教えませんけど」
「連れてってくれよー」
「話聞いてます?」
 だって、とキバナはけろりと答えた。
「ネズ、まともに取り合ってくれねーもん。だったら押して押して押しまくるしかねーじゃん」
 ネズはくらりと目眩いがした。マリィとホップの言う通りだった。子どもたちは子どもたちなりに正しく此の世を知ってるのだ。ネズは成長が喜ばしかった。
 そんな現実逃避をしていてもキバナはなあなあと話しかけ続ける。ええいままよ。ネズはため息を吐いた。
「一緒に飯を食べてあげますから、バトルはまた今度で」
「お! ほんとか!」
「ただし、場所はスパイクタウンで、観客は集めません。いいですね?」
「おう!」
 からりとした返事に、まさか観客がいないバトルを受け入れるとは思わず、ネズは少し驚いた。派手なバトルが好きなものだとばかりと、偏見を抱いていたことを自覚する。
「じゃあ飯行こうぜ」
 ネズの好きなものを知りたいとワンパチのように笑った男に、ネズはどこか兄として自分がしっかりせねばという気がしてきたのだった。

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