キバ(→←)ネズ/不安だらけ


 光を見出した。そして、目を失った。

 眼前の太陽に、何をしようというのか。ネズは分からない。だから、目をそらした。それでも目の前はチカチカと白と黒に揺れていて、目を閉じた。ちかちか、ああ、眩しい。太陽を見た目は潰れたのだ。
 ネズは薄暗いスパイクタウンが好きだったし、心地良かったし、悪いと思ったことは一度もない。きらびやかな街がガラルには沢山あって、その中でもスパイクタウンはほっと気の休まる場所だと思っている。ある種、のけ者とされた者たちの集まりだとしても、ネズの歌に共感した者たちの集まりだとしても、なによりもホームとして確固たる地位があるとネズは思う。
 そんなスパイクタウンが好きだから、潰されるなんてあってはならない。だから、身を削って、魂を削って戦った。才能豊かなマリィにジムリーダーを譲るために、リーグ落ちなんてしていられなかった。
 すべてが好きだから。ネズの愛だから。だから、マリィにジムリーダーの任を譲り渡した後もサポートを続けた。才能豊かな我が妹の、もっとも心が柔くなるその時期を、ジムリーダーの責務で埋め尽くすわけにはいかなかった。

 なのに、ネズは太陽に会った。
「ネズ!」
 ほんの少しの隠しきれない獰猛さを見せながら言われた再戦の願いに、ネズは驚いた。突如として現れた太陽は、キバナだった。最強のジムリーダーが、ちっぽけなネズを見たのだ。これを太陽どの会遇と言わずに何というのだろう。
 何でだ。何を間違えたのだ。注目すべきはマリィであって、己ではない。あくタイプの天才とは言うが、バトルの才能はマリィに劣る。ネズのロックは、哀愁は、彼には似合わないように見える。何故、何故彼はおれを見るのだ。ネズは混乱し、目を伏せた。チカチカと目が眩む。体がどうにかなりそうなほど、血が沸騰した。

 それから、キバナは暇があればネズのスマホにメッセージを送った。アドレスはマリィが渡したらしい。人の連絡先を他人に教えてはいけませんと注意すれば、ごめんでもキバナさんは悪い人じゃなかと開き直られてしまった。妹はジムチャレンジを経て数段逞しくなったようだ。

 ぽつぽつと送られてくるメッセージはどれも他愛もない内容で、たまにポケモンたちの動画が送られてくることすらあった。
 しばらく放置していたが、一週間程経った頃に、流石に返事をしないのは大人としてよくないだろうと決心した。その夜に、メッセージを送った。
 すぐに電話機能が鳴った。
「なんですか」
 思わずタップして電話を取れば、ああそのとキバナは狼狽えた。
『初めてメッセージが来たから吃驚してさあ』
「それだけですか」
『んーん、ちょっと寂しかったのもあるぜ』
「寂しい、だなんて、おまえなら相手は選り取り見取りでしょうに」
『ひっでーの、オレさまはネズと話したいって思ったのに』
「は、」
 何を言っているんだ。ネズは目を白黒とさせた。テレビ電話の向こうでは、目尻を垂らして笑うキバナがいた。この男は、こんな風に笑うのか。どこか遠いところで思った。口には出さなかった。
『なあネズ、バトルはまた今度でいいからさ』
 今だけは、ただのキバナとお喋りしてくれよ。その願いに、ネズは心の裏側が擽られたような気がした。甘え上手な男だこと。ネズはへたりと笑った。目が潰れて真っ暗な中。全てを照らす太陽に眺められながら、夜が耽るのも悪くない。
「じゃあナイトティーでも飲みながら話しますかね」
 きっとそれは長い話。今日は、うんと長い夜になりそうだった。

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