キバネズ/青薔薇2/妖精に気に入られるお話/続きたいんだ/捏造しかない


 自分の体が透けている。その異常事態の中で、キバナから連絡が入った。スマホロトムに声をかけたマリィが慌てて、アニキの体が透けてると伝えると、キバナはすぐに行くと宣言してばたばたと音がして通話が切れた。

 ともかく何とか頭を動かして異常事態から目をそらして、いつものように朝食を並べていると、キバナが駆けつけた。
「どうしたんだその体!」
 迫られて、知りませんよとネズは頭を振った。何かあったわけではないとネズは言うが、二人は信じない。
 何かしたか、何か起きたか、何か見たか。それらの矢継ぎ早な質問に、ふと、夢を見たと答える。
「大きな木の夢でした」
 そして、そういえばスパイクタウンの隅の岩に惹かれた、気がすると。
「そんな、そんなの……」
 マリィが言葉を失う。キバナも察した。
「妖精の仕業か!」
 バトルでもないのに珍しく声を荒げたキバナに、ネズはどこか遠い気持ちで、怒らないでほしいと思った。どうしてか、これ以上はと、頭が何かを拒否していた。
 キバナだけはそれ以上怒ってはいけない。ただひとり、彼だけは、と。


・・・


 朝食を食べてから、慌てたキバナに連れられてアラベスクタウンへと向かう。あそこの婆さんなら何とかしてくれる。キバナもネズもそう考えたのだが、スタジアムにはビートしかいなかった。
「何ですか。ああ、その体はまた」
 愉快なことになってますねとビートは頭痛を覚えたように米上を擦った。

 ビートとポプラの自宅である館に招かれ、古めかしい暖炉の前の椅子に二人は並んで座る。そっと毛布を差し出したゴチルゼルに礼を言ってひざ掛けにした。
 自分は超能力は使えても、フェアリーの力についてはまだ修行中の身です。そう言ったビートは、だからこそと、ネズの額に触れる。
「夢を見させていただきます」
「は?」
 そのまま、すうっと何かを無理矢理開示されたような、または誰かに参照されたような気がした。誰かなんてビートしかいない。その有り得ない感覚に、車酔いのような気分の悪さが込み上げてきた。だが、ビートはすぐに手を離したので大事にはならなかった。
 ふらりとしたネズを横目に、ビートがぶつぶつとブリムオンが綴るノートを相棒に夢を分析している。その間に、ビートの他のパートナー達が用意してくれたスパイスたっぷりのチャイを飲んだ。

 しばらくしてから、ビートはわかりましたと顔を上げた。
 これはどう考えても妖精の仕業である。しかし、フェアリータイプのポケモンたちのような優しさはない。否、優しさはあるが、悪戯好きが過ぎる。
「あなたは今、妖精の国に連れて行かれそうになっています」
「はい?」
「手を打たなければ今日にでも取り込まれるでしょう」
「えっと、おれはどうすれば?」
「分かりません。しかし、ポプラさんが外出中なので、連絡ができるようになるまでに一通りの処置をすべきです」
 ビートはそのまま部屋に妖精避けのお香を焚いて、手の中のスパイスたっぷりのチャイを全て飲むように指示した。ビートはパートナー達と共にあくせくと働き、戸棚や天井から取り出したドライハーブを並べた。

 手順を間違えてはならない。言葉を違えてはならない。ビートは緊張した面持ちで呟いた。
「応急処置として、夢を見なくなるまじないをします。いいですね」
「分かりました」
 はらはらと見守るキバナに、ネズはぽんぽんと手を握ってやってから、手を離し、儀式に挑んだ。

「月の雫、苔の裏、猫の散歩道の先は満月の夢。一つ目、かすみ草。二つ目、ササユリ。三つ目、ラベンダーの茎」
 ころりとビートは石ころのようにダイスを投げた。
「数は二。これで夢は見ないでしょう」
 ビートはそうして、部屋の隅からテディベアを一つ持ってきた。そのまま、使用したハーブを詰めるとランクルスがそっと差し出した針と糸で封をした。
「身代わりになります。これに何かあったらまた来てください」
 ではお大事に。ポプラさんに連絡がついたら連絡しますねと、キバナとネズは館から追い出されてしまった。


・・・

 そうして、スパイクタウンに帰宅した。キバナはどうにも心配そうだが、仕事があるのでナックルシティの自宅へと戻った。家にいたマリィも心配そうで、ネズは悪い事になったと頭が痛かったが、大丈夫ですよと下手くそに笑ってみせた。

 物の少ない自室に戻り、ビートが渡してくれた身代わりのぬいぐるみを枕元に置く。
 まだ時間は昼を過ぎたばかりだ。昼食を食べようと気が付いて、ネズはマリィに栄養のあるものを食べさせねばとキッチンに向かった。

 透ける手で冷蔵庫を開き、覗いていると、アニキは座っててとマリィがポコポコと怒ってソファに座らされてしまった。マリィが作るけんと、おっかなびっくり調理を始めた。メニューだけでも決めましょうかと問えば、平気だからアニキは待っててと相手にされなかった。ネズはマリィの成長と己の不甲斐なさに、喜んだり凹んだりと忙しない心境なのであった。


・・・


 そうこうして、次の日の朝。目覚ましによって起きると、枕元の身代わりぬいぐるみが見るも無残に八つ裂きになっていた。
 ゾッと悪寒が走る。これは本格的にまずい。ネズは恐怖心を抑えつけて、ぬいぐるみの残骸をすべて回収してビニール袋に詰め、マリィに書き置きを残してアラベスクタウンへと急いだ。


・・・


 場所はナックルシティの朝。道すがら、やあと出会ったポプラとキバナが顔を合わせた。キバナがネズの話をすると、ポプラはそうだねえと口にした。
「妖精は何でもかんでも欲しがるわけじゃあないんだよ」
「どういうことだ?」
「坊や(・・)はそれだけ魅力的な何かを持っていたのか、もしくは、」
 約束をしたのかもしれないねえ。そう微笑むポプラに、キバナは唖然とするばかりだった。

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