キバネズ未満/茨の向こう側/痛みだけが愛だったネズさんに甘く柔らかな愛を教えるキバナさんのキバネズ(気性が荒いvs普段は温厚)


 ネズの愛はいつも痛みを帯びていた。この世に生まれた瞬間、その悲しみで赤子は泣き叫ぶのだ。ネズはそれを信じていた。大好きなのに廃れゆく街は、少年のやわい心に傷をつけていく。こんなに良い人たちばかりなのに、ただダイマックスができないだけで廃れていく事が、理不尽で、辛くて、苦しくて。でも、街を愛してやまなかった。
 マリィが生まれた時、その才能を見出した時。神様とやらは居たのだと気がついた。ネズを散々振り回した神様がようやくもたらした愛の一粒がマリィだった。ネズの生きる希望で、何より大切な妹で。そんな妹に未来を望んでしまうことに、罪悪感があった。
 だから、大人として出来ることは精一杯やろうと決めた。マリィにだけ、全てを背負わせてはいけない。それは悲しみを生むだけだから、愛しているから、それだけはいけないのだ。
 ファイナルトーナメント。ネズは最強と呼ばれるジムリーダー、キバナに負けた。ああ終わったのだ。ネズはよく理解した。自分の愛した街を、自分はどうにもできなかった。自分が愛した妹も、自分は助けられなかった。全ては等しく、バトルの勝敗のように分けられた。ネズは敗者だった。それでよかった。痛みだけが、ネズにはふさわしいのだ。


・・・


 シーソーコンビの大騒動が終わりを告げ、彼らを連行した後。ホップがネズとマリィの元に訪れた。彼はどうしてもと言って、ネズに感謝を述べた。おれは何もしてませんよ。そう言ったのに、ホップは繰り返した。あなたがいたから、新しい夢を見つけられたのだ、と。過ぎる評価にネズは目眩がしそうだった。
 ホップはすぐに研究所に戻った。マリィが、もういいんだよとネズの背中を撫でた。
「アニキ、もういいから」
 どうかゆっくりおやすみ。マリィという少女の柔らかな声に、ネズはありがとうと答えた。胸が締め付けれられるようだった。


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 それから、ネズはよく眠った。ロングスリーパーさながらに眠るネズを、マリィも街の皆も、疲れを癒やすためだろうと受け入れてくれた。
 皆はネズが眠る家の周りを花壇にした。植えるのは薔薇だ。季節が巡ってもよく咲く品種を集め、元々庭作りが好きなガラルの民の本領を発揮して、小さいながらも立派な花壇を作り上げた。
 全ては、ネズが起きた時に、美しい薔薇がその心を癒やすために。


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 そんなスパイクタウンを出入りしていたマリィの元に、ところで最近ネズを見ないなと声をかけてくる人物がいた。隣街のジムリーダーである彼は、ネズが眠っていると聞くと、まるで眠り姫じゃないかと笑った。マリィは、そうかもしれないと否定することなく微笑む。彼はそれだけ疲れていたのだと繰り返した。
「なあ、マリィ。オレさまさ、ネズとまたバトルがしたいんだ」
 どうすればいいと問われて、マリィはアニキの回復が終わったらと答えた。しかし、彼は引かなかった。
「眠り過ぎるのも体に悪いだろ」
 ただ会うだけでもいい。そう語るドラゴン使いに、マリィはならば己とバトルをしてほしいと言った。勝ったならば、兄のもとに案内しようと決めた。
 マリィとて、分かっていたのだ。眠り続けるのも、兄の体には良くないのだと。


・・・


 バトルは終わった。マリィという壁を乗り越えて、キバナは花壇の前に立つ。ぞろりぞろりと、茨がキバナの行く手を遮る。ロズレイドがふわりと降り立った。スパイクタウンの人間が薔薇の管理の為に用意したのだ。
 彼(彼女)はキバナが正式に招かれたのだと分かると、茨をそっと退かした。眠り姫はもうすぐそこだった。


・・・


 ネズの愛は痛みだけだった。痛みこそが愛の証だった。キバナはそんなことは知らない。ただ、柔らかな親切心で、彼を揺すり、起こした。
 ネズの目が開く。ターコイズよりも美しい瞳に、キバナがうつった。
「おはよう」
 キバナの声に、ネズはふわりと漂う薔薇の香りと共に微笑んだ。
「おはようございます」
 時におまえはどうしてここに。そう言われたが、キバナはそれには応えずに、手を差し伸べた。
「まずは飯食おうぜ」
 オレさま、オススメの店があるんだ。胃の弱ったネズでも、大丈夫そうなところ。そうにぱっと笑った彼に、ネズはふわと温かなケープを羽織らされた気がした。
 あたたかい。思わず呟けば、そうだろうなとキバナは言った。
「もうそろそろ夏になるぜ」
 さあ行こうと手を掴み、ネズを寝床から引きずり出すと、キバナは高らかに告げた。
「眠り姫のお目覚めだ!」
 どこからか、波のような歓声が響いてきたのだった。

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