キバ→ネズ/想定外/捏造しかない/これは二次創作です/予想外の続きです
キバナはネズに恋をしたらしい。らしいではない、確かに己は恋をした。初恋なんて当の昔に通り過ぎたのに、ネズへの感情はまるで初恋のようだった。最初はただ、見たこともない人間への興味だっただろうに、どうしてこうなったのだろう。否、分かっている。己はあの目に射抜かれた。
だからどうすればいいのか。キバナは思考を回す。一先ず、連絡先の交換だろうか。そう考えながら、ネズとの約束のバトルを待った。
念願のバトルはスパイクタウンで行った。シークレットライブだと凶悪な笑みを溢したネズに、たまたま居合わせたファンは熱狂した。すぐさまシャッターを下ろし、限られた人間やポケモンの前で、ネズとのバトルは始まった。
それは本当に、楽しいバトルだった。ダイマックスを使わないバトルだってこんなにも面白い。ガラルに周知すべき事実なのだと痛感した。
ネズは歌うように指示を出す。派手な指示で、先が読める筈なのに、思うようにバトルが運べない。そもそものポケモンの素質とネズとの相性もあるのだろう。何もかもが計算され尽くした、あくタイプらしいバトルだった。
勝ったのはネズだった。僅差だった。最後は相打ちになるかと思った。ああ、強かった。彼はこんなにも強い。キバナは、これが公式戦ではないことに感謝した。ネズのバトルを感じられる限られた人間の中に、自分が含まれたことに喜びが湧き上がってきた。ジュラルドンにお疲れ様と声をかければ、やりきったと彼は笑っていた。
少ない人間とポケモンたちの精一杯の歓声の中、ネズが歩み寄ってくる。ネズはジュラルドンをボールに戻して、ネズへと駆け寄った。
「すっげえ楽しかった! 戦ってくれてありがとな」
「物好きですねえ。まあ、おれも楽しかったですが」
「そうだろうな。だってあんなにノリノリだったし」
歌うようなバトルが、正真正銘ネズにしかできないバトルが、キバナには眩しかった。でもそれで目を伏せたくはなかった。全てをこの目で見て、ネズと握手をした。
「次はオレさまが勝つ!」
「またバトルするんですね」
「いいだろー?」
「考えておきますよ」
そうして握った手はやはり小さかった。
バトルを終えてフィールドから出る。シャッターはまだしばらく閉めておきますのでと、ネズは言った。
「わざわざ来てもらいましたし、何か奢りましょうか」
「え、いいってそんな」
「いいティールームがあるんですよ」
「え、えっ」
いいのかとキバナがうろたえると、何を動揺してるんですかとくつくつ笑われた。
「おれのお気に入りですよ」
おまえになら教えてもいいですよ、なんて。キバナは自分の肌色が赤くなっても分かりにくいことに感謝した。
古ぼけたティールーム。スコーンと紅茶のセットを頼む。マスターにSNSに載せていいかと聞けば、構わないよと微笑まれた。それよりも、ネズくんが友人を連れてきてくれたのが嬉しいねと言うマスターに、ネズはそうですかねえなんて白々しい態度をしていた。
焼き立てのスコーンと、クロテッドクリームとベリージャム。紅茶はマスターの秘伝のブレンドらしい。奥深い香りに、ネズみたいだと思った。
「写真撮影は終わりましたか」
「お、おう」
「じゃあ頂きますかね」
目の前でネズが骨ばった指先でスコーンを掴み、両手で上下にぱかりと開く。ナイフを使ってクロテッドクリームとベリージャムを乗せると、あぐっと大きく口を開いて、赤い色を滲ませながらスコーンを一口食べた。もぐもぐと咀嚼し、紅茶で流し込む。ぷはっと薄い口元がカップから離れた。
「見てないで食べたらどうです?」
冷めないうちに食べないと勿体ないですよと言われた。
慌ててキバナもスコーンを食べる。クロテッドクリームもベリージャムも、よく計算されていた。バランスのよい味に、美味いと素直に感動した。紅茶だって勿論素晴らしい。
「美味いな」
そうでしょうとも。ネズは誇らしげに言った。
「滅多に人は連れて来ないんですよ」
「え、まじで? じゃあ何でオレさま連れてきてくれたんだ?」
「久々に良いバトルができたので、何となくです」
「何となく」
「はいそうです」
なんじゃそりゃ。キバナは分からなかったが、嬉しかった。ネズが小さな秘密を自分だけに教えてくれたかのような優越感が、気分を高揚させた。
「つーか、スパイクタウンのシャッター下ろしてよかったのか?」
「おまえとのバトルは公式戦じゃありませんし、シークレットライブだって言いましたよね?」
「言ってたけど……」
たまにやるんですよとネズは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「その場に居る人とポケモンだけが客のライブだって、楽しいでしょう」
「まあ、確かに」
規模が小さいからこそ、観客も含めた盛大なバトルができた気がする。ダイマックスの有無だけではない、何かがそこにはあった。
ふむ、とキバナは考える。大きなスタジアムや街を抱えているとなかなか出来ないことだった。まさにスパイクタウンならではのバトルだろう。
「ネズはすげーな」
オレさまも頑張らないと。そう続けると、ぽかんとした顔が返ってきた。なんだよと気まずくなって言えば、いえ別にと返ってくる。
「ただ、そんな素直に褒められるとは思わなかったので」
「なんだよそれ」
ムスッとして見せれば、いいえと笑われた。
「おまえは案外子供っぽいんですね」
可愛らしいと言われて、ええとキバナは眉を下げたのだった。
ナックルシティに帰ると、キバナはロトムを呼んだ。スマホロトムに、今日のネズとの試合を録画してもらっていたのだ。勿論、許可は得ている。
「うわ、すっご」
自分の獰猛な姿はもう見飽きたとして、バトル中のネズを見る。とくに最大の相棒であるタチフサグマを出しているときのネズの姿勢は目を見張るものがあった。こんなにも素晴らしいトレーナーが、ジムリーダーの役を妹に譲ったのだ。キバナはハアと息を吐いた。ネズが認めた才能を、キバナも嫌とは思わない。だが、マリィとはバトルスタイルが全然違うだろうと確信した。
マリィは良くも悪くもこれからののびしろの多さが魅力だ。ネズにできないことを当然のようにこなしていくだろう。だが、ネズにしかできないことだってあるはずだ。それは、今日のシークレットライブもその一つかもしれない。
「また、バトルしようぜって言えたんだよなあ」
ネズとまたバトルをする。まだ口約束なのに、次が楽しみで仕方なかった。まるで恋する乙女だななんて、空想上のライバルが笑ってきたけど、そんなことは気にならなかった。純粋すぎるほどに、次のバトルが楽しみだった。
・・・
「アニキ、どうしたと?」
柔らかなソファに深く沈んでいたネズが顔を上げる。手元で遊んでいたジグザグマも顔を上げた。
「どうしましたか、マリィ」
「んん、どうしたっていうか……」
なんか、変。マリィがずばりと言うとそうでしょうねとネズはこれまたずばりと肯定した。
「シークレットライブをしたんです」
「え、マリィ知らんかった……どうだったと?」
「まあ、マリィはトーナメント戦でしたからねえ。ちなみに相手はキバナでした」
「エッ?!」
マリィが何それと詰め寄る。
「い、いつの間にシークレットライブをやる仲になったん?!」
「妹よ、落ち着きなさい」
「で、でもでも、アニキ、前にキバナさんはあんまり好きじゃないって言ってた……」
「バトルしてみたら印象が一転したんですよ」
「そうなの?」
ぱちくりと瞬きをしたマリィに、ネズは柔らかな顔でまたジグザグマをあやしながら、言った。
「案外かあいらしい男でしたよ」
あのキバナさんが、可愛らしいとは。マリィはさっぱり分からないと返事をしたが、そのうちわかるってもんですよとネズは鼻歌でも歌いそうな上機嫌で、ゆったりとジグザグマを撫でたのだった。