キバネズ/こおりのうた/マリィちゃんもいます
12/12オンリーおめでとうございます!


 キルクスの入り江。凍てつく寒さに、キバナはぶるりと震えた。隣のネズは平気そうな顔だが、鼻の頭がわずかに赤らんでいた。
「夕方に来なくて良かったですね」
 おまえは寒さが苦手なようですし。
 ネズの言葉に、キバナはドラゴンストームなもんでと白い息を吐いた。
「ネズは?」
「おれも別に強くはないので、さっさと用事を済ませましょう」
 そう言うと、ネズはコツコツとブーツを鳴らして歩き出す。そしてボールを投げる。マニューラが出てきて、すんと鼻を鳴らした。
「とびきり冷たくて、澄んで、固くて、分厚いものを頼みます」
 マニューラは目を細めて、たんっと走った。
「マニューラ、どうしたんだよ」
「ポケジョブで募集したんですよ。あくタイプとの混合なら、おれでも対応できます」
「ああそう……」
 やがてマニューラが戻ってきて、ネズを連れて行くので、キバナはたったかと付いて行った。
 ネズはマニューラが見つけた氷をじっと見る。そしてマニューラを褒めてきのみを食べさせてから、その爪で、と頼んだ。
 マニューラが鋭い爪で氷に刃を立てた。
 ガンッギンッキィン。爪で取り出した氷の塊を、マニューラがひょいと持ち上げる。立派な氷だ。ネズはありがとうございますと言って、そのままスパイクタウンに戻りますよと、キバナに告げた。キバナは大人しくついて行く。

 氷をバーに届ける。いつも錆びたバーは今日だけは賑わっていた。どうやらバーの記念日らしい。氷像を作るらしく、氷を受けとった芸術家が笑顔でニューラやマニューラと作業を始めた。ネズがポケジョブで借りたマニューラだけは、ネズの隣にちょんと立っていたが。
 兄ちゃんたち寒かっただろうに。そうスパイクタウンの住人たちが話しかけてくれる。キバナは寒かったなと、マフラーを取りながら言った。
「ネズは弾き語りするんだっけ?」
「ええ、ゲリラではありますがね。まあ、このバーのためですから」
 うんと幼い頃から世話になったのでね。ネズが昔を懐かしむように目を細めていた。ふうん。キバナはそう返事をした。ネズの家庭環境は彼が語らないので知らないが、きっと愛されたのだろうと思う。でなければ、こんなに真っ直ぐに町を愛そうなんて思わない。マリィだって、もっと捻くれて育った筈だ。
「おまえ、聴きたい曲とかあります?」
「ネズの歌ならなんでも」
「そうですか、まあバラードをリクエストされてますがね」
「決まってんじゃん」
「おまえのリクエストも聞きたかったんですよ」
 ネズは笑みを浮かべてから、マスターが出した酒を舐めた。

 ネズの隣でちまちまと酒を舐めつつ、スパイクタウンの住人たちとの会話を楽しむ。ネズに話しかける者、キバナに話しかける者。様々ながらも、皆がこのバーを祝福していた。昼間は食堂をしてくれたこともあるんだ。そう笑った若者たちからしてみると、このバーのマスターは第二の親のようなものらしい。町を離れた年配の人々もやって来る。ずっとネズや町の応援をしているらしく、空気はずっと暖かかった。
「キバナ」
 そう話しかけられて、どうしたとネズを見る。ネズはそろそろ準備があるので、とマニューラをキバナに預けた。
 キバナはマニューラと並んでカウンター席から小さなライブステージを見る。ライトが灯り、ネズがギターを手に椅子に座る。チューニングしてから、マスターを見る。頷くと、前を見た。
「ささやかですが、祝いの歌を」
 それだけ言うと、目を伏せる。場が静かになり、全員がネズを見つめた。緊張は無い。ただ、溢れんばかりの慈しみが満ちていた。
 柔らかな歌声。歌詞は誰もが知る民謡のアレンジだ。年齢も住処も職業もバラバラなこの場は、スパイクタウンで繋がっている。いいな。キバナは穏やかなネズの歌声を聴きながら、少しだけ羨ましくなる。だが、隣のマニューラにつつかれた。なんだと見れば、ジト目で見られる。
 兄ちゃんもスパイクタウンで繋がった仲間だろうってさ。住人らしい若者が笑顔で言う。若者の隣にはジグザグマがちょこんと座っていた。あくタイプの気持ちを察するのに、あくタイプの使い手には敵わないな。キバナはマニューラをぽんと撫でる。心配してくれてありがとうと、小声ながらに気持ちを込めて言えば、満足そうにきのみを食べ始めた。
 ネズは数曲のバラードを歌い終える。拍手。楽器を丁寧に片付けて、住人たちと会話を交わしながらキバナの元に戻ってきた。
「いい歌だったぜ」
 聴いていて、とても心地がよかった。キバナの言葉に、それは良かったですとネズはくつくつ笑った。
 マスターの趣味だというレコードを聴きながら、酒を飲む。住人たちと会話を交わしていると、あっという間に夜になる。早めに帰りますか。ネズはそう言って、キバナの手を取るとマニューラと共にバーを出た。
「ネズ、いいのか?」
「ええ。元々早めに帰るつもりでしたから」
「なんで?」
「明日、レコーディングなんですよ」
「え、そうなのか?!」
「はい」
 ネズはポケモンセンターまでマニューラを送り届ける。マニューラは立派に仕事を終えたと満足そうだった。

 そのまま、ネズの家に向かう。マリィがおかえりと出迎えてくれる。ふわりと香る夕飯の匂いに、マリィが作っておいてくれたのだとネズが嬉しそうにした。
「マリィは今日はもう食べて寝るだけか?」
「うん。キバナさんは泊まってく? ゲストルームなら整えたけん」
「オレは明日休みだから、泊まらせてもらえたら嬉しい。ネズがレコーディングなんだろ? マリィも仕事だろうし、ご飯ぐらいなら作るぜ」
「え、よかと?」
「おまえがいいなら、いいんじゃないですか?」
「勿論」
 じゃあお願いします。マリィが頭を下げるので、大丈夫とキバナは笑った。
 夕飯はシチューだった。温かいそれに、ポケモンたちと舌鼓をうつ。特にジュラルドンが気に入ったらしく、おかわりを強請ったのでマリィが嬉しそうにしていた。
 夕飯を片付けまで終えて、シャワーを浴びてから、ポケモンたちの体調をチェックする。一体ずつボールから出しながら、気になるところを見て、大丈夫そうだと安心した。これで安心して眠れるだろう。
「ホットミルクでも飲みますか」
 今日は良く寝たいので、紅茶ではありませんよ。ネズの言葉に、マリィはこんな時間ならもう寝ると、部屋に戻っていった。
 ネズとキバナと、タチフサグマがリビングにいる。うとうととするタチフサグマと、明日のレコーディングの最終調整をするネズ。キバナはふむと頷いた。
「タチフサグマはもう寝たほうがいいんじゃないか?」
「ん、ああそうですね。タチフサグマ、もう寝ますか。部屋に行っていていいですよ」
 タチフサグマはふらふらとネズの部屋に入って行った。キバナはオレたちも早く寝るぞと、ネズの頭をぽんと撫でた。どうしたんです。ネズが顔を上げるので、キバナは早く寝ろよと声をかけた。
「オレ、もう寝るから」
「もう? おまえにしては早いですねえ」
「朝にマーケットに行きたいからさ」
「別に家にある食材を使っていいんですが」
「オレさまが行きたいの! じゃ、早く寝ろよ? おやすみ」
「ハイ、おやすみなさい」
 そうして、キバナはゲストルームへと向かった。
 寒い夜、暖房がついた部屋は温かい。ネズの今日の歌も、とても温かった。じわりと胸が満たされて、キバナはへへと思い出し笑いをする。ここまで許されたんだ。その気持ちを感じて、嬉しいなとキバナは幸せな気持ちで眠ったのだった。

- ナノ -