キバネズ/ただの日


 トントンと包丁の音がする。ニンジンに、ジャガイモに、あとは何だろう。キバナが目覚めると、ネズはカレーを作っていた。
 手伝いはカラマネロだ。腕を器用に使って、野菜を炒めていた。
「玉ねぎは飴色になるまでです」
 ああ、上手ですね。ネズがカラマネロに微笑みかける。カラマネロは得意気に鳴いた。
 キバナのジュラルドンは寝ていて、タチフサグマがそっと毛布を掛けていた。ヌメルゴンは風呂場でスカタンクと遊んでいるようだ。
 ズルズキンとフライゴンがキバナの起床に気がつく。ずっくずっくと、ズルズキンがやって来た。フライゴンもぽてぽてと歩み寄ってくる。他のポケモンたちもぞくぞくとキバナが目覚めたと反応してきていた。
「ああ、キバナ。起きたんですか」
「おう、なんか手伝えることある?」
「まだ特には。あとで皿を出してもらえたら」
「オッケー。顔洗ってくる」
「行ってらっしゃい」

 バシャバシャと顔を洗うと、横の風呂場を覗く。ヌメルゴンとスカタンクがこちらへ振り返った。どうやら上手いこと遊んでいるらしく、ヌメルゴンの粘膜で排水口の詰まるなどは見受けられなかった。いいことだ。

 リビングに戻ると、キッチンではカレーの野菜を更に炒めていた。今はニンジンとジャガイモだろう。炒めておいた玉ねぎと混ぜて、水を注いだ。
「カラマネロ。あとは任せてください」
 よく頑張りましたね。カラマネロに声をかけると、彼は嬉しそうに笑って、するするとリビングにやって来た。
 今ならと、キッチンに立って紅茶を淹れる。
「ミルクティーですか?」
「んー、チャイ」
「いいですね」
 スパイスならいつもの棚ですよ。ネズはそうくつくつ笑った。

 チャイを作っていると、鍋が煮立ったのでルーを入れていた。どうやらニンジンもジャガイモも、小さめに切ったようだ。何カレーなのと質問すれば、チーズですよと言われた。
「ヤローのチーズを分けてもらいまして」
「お、そりゃいいな」
 チーズは後でのせるからと、ネズはぐるぐるルーを溶かす。美味しそうだな。キバナはぐるると腹が鳴った。

 チャイが作り終わった頃には、カレーのルーは溶けていた。あとひと煮立ちですね。ネズは渡したチャイを手に言った。
「シナモン多めですか」
「オレさまの好みだぜ」
「まあいいんじゃないですか」
 美味しいですよ。ネズはくっくと笑った。

 カレーが出来上がると、皿にカレーを盛り付けて、チーズをトッピングする。ポケモンたちにご飯だぞと声をかけると、家中に散らばっていたポケモンたちが集合した。
 それぞれの前にカレーを置いて、全員で食べ始める。美味しいと体全体を使って表現するポケモンたちに、そりゃ良かったとネズは嬉しそうだ。キバナも何だか嬉しくなった。
「ああ、キバナ、そういえばエキシビジョンマッチのことですが」
「あ、オレさまとネズの?」
「それです。やはり収録との都合でスパイクタウンを離れられそうにないので、スパイクタウンで大丈夫ですか」
「それはオレはいいけど、マリィに聞いたほうがいいんじゃないか?」
「マリィは『いつでもよか』と言ってました」
「んー、じゃあスパイクタウンで。今回はオレさまのポケスタ解禁な」
「ええもちろん。おまえの集客力に期待してますよ」
「ネズの人気には勝てねーよ」
「そうですかねえ」
 どっこいどっこいでしょう。ネズはチャイを飲んだ。
「ともかく、時間がないのでおれの方でも宣伝しますが、あまり人が入る気がしませんね」
「いーや、たぶん入場制限かけねえと。スパイクタウンの観客席狭いんだから」
「まあ、狭いは狭いですが。ライブでもなしに、そう集まりますかね」
「ネズのバトルだって充分人気だろお。あ、おかわりしていい?」
「人気ですかねえ。おれはあくまでいちミュージシャンなんですが。おかわりならどうぞ」
「よく言うぜ、元ジムリーダー。おかわりもーらい」

 ぽつぽつと暗い外は雨が降ってきていた。秋になっても気候が安定しませんね。いや、秋だからこそですか。ネズはぼやいた。

「洗濯物は?」
「コインランドリーで済ませました」
「いつの間に」
「おまえが寝こけていた頃です」
「うわー、気が付かなかった」
 あとは風呂に入って寝るだけです。ネズは収録が近い割には切羽詰まっているわけではないらしかった。珍しいな。キバナはぼんやりと思う。
「明日は予報では晴れですよ」
「お、じゃあ外のバトルフィールド借りて調整しよ」
「おれは詰めの作業があるので家ですね」
「おっけー」
 あ、ナックルの自宅に一度帰らないと。キバナがぼやくので、一日って案外長いんですよと、ネズはさらりと笑っていた。

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