キバネズ/貴方の大切なもの


 頬に触れる。ネズの骨ばった細い手が、キバナの頬を撫でる。キバナは、そうっとその手に手を重ねた。大きな手だった。何でも捕まえておけそうな手だった。
「おまえはおれより、沢山のものを抱えているんでしょうね」
 ネズが笑む。キバナはそんなことないよと、ネズの手を握った。絡み、握られた手は燃えるように熱い。互いに、熱かった。
「なあ、ネズ。オレはさ」
 実はすごく身軽なんだ。
「ナックルの名門ジムを背負ってさ、チャンピオンのライバルでさ、宝物庫の番人でさ」
 でも、実は全部、いつ投げ出したっていい。そのように、周囲に分担しているから。その為に、教育したから。
「全部、一人で背負ったネズほどじゃないんだ」
 オマエは立派だよ。キバナが認めると、ネズはくしゃりと顔を歪めた。
「おれだって、一人じゃありませんよ」
 マリィだって、エール団だって、街の皆だっているんだから。
「おれたちって、案外みんなに支えられてるんですね」

 だから、投げ出してはならない。

「おれはね、街を捨てろなんて言いませんよ」
 絶対に。ネズの言葉に、キバナはそうだなと微笑んだ。
「ナックルシティが好きだ」
「スパイクタウンが好きです」
「お互い様だな」
「当然です」
 秋の風が外で鳴り響いている。ガタガタと窓ガラスが揺れた。今日は風が強い。スパイクタウンのネズとマリィの家は、ほんのり寒かった。マリィは、今頃ジムでジムトレーナー相手にバトルの鍛錬を重ねていることだろう。
「ヒーターをつけましょうか」
 ポケモンたちのために。そう言うので、キバナはそれはいいなと手を引っ張った。手を繋いだまま、部屋の中を移動して、ヒーターをつける。部屋の隅に寄り添って暖を取っていたタチフサグマ達が、ぞろぞろとヒーター周りに集まってきた。ポケモンの種類によってはかなりの寒さだったのだろう。コータスがふうと息を吐いた。ヒーター代わりを務めていてくれたらしい。
 ネズがほうと息を吐いた。キバナがそうだと思いつく。
「じゃあ、トレーナーはホットミルクでも飲むか」
「それはいいですね」
 離れ難くも、二人は手を離した。
「ホットミルク作ったら、また手を繋ぐからな!」
「はいはい」
 おれはこの隙に譜面でも持って来ますかね。ネズはふふと笑っていた。

 互いに譲れないものがあって。それを互いが大切にしていること。これって幸せなことだよな。
 キバナはモーモーミルクをミルクパンに移しながら呟いた。遠目に見ていたジュラルドンが、嬉しそうにがしゃがしゃ体を揺らした。

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