キバネズ/花は恋をしない
タイトルはCock Ro:bin様からお借りしました。
!ふんわりと死の描写があります!


 花が咲いた。何より綺麗な花だった。それを、ネズは手折った。おまえの居場所はここではありませんよ。ネズは只々、やわらかく微笑んでいた。

 ここは歪みきった世界だった。ネズはその世界を歩く。何より綺麗な花を手に、ふわりふわりと重力を感じさせずに歩いている。空はくすんだ曇り空。なのにとても明るくて、少しだけ歪だ。そう、此処は歪みきった世界だ。ネズだけは、正道だった。

 ふと、前を見る。同じように、だけど痩せっぽちの花を手にした男がいた。その褐色肌に、ネズは目を細める。

「お早う、ネズ」
「おはようございます、キバナ」
 その花はどうしたんです。そう問いかけると、キバナは、埋めに行くんだと、笑った。
「空に一番近いところに埋めてやりたくてさ」
「ならばこの花を添えましょう」
「こんなに綺麗な花を?」
「副葬品なら、この花にも意義があるってもんです」
 そうでしょう。ネズが花に語りかけると、そよそよと一等綺麗な花は揺れた。

 辿り着いたシュートシティの小高い丘に、キバナとネズは立つ。不思議と人は見当たらない。手のひら大の貝で掘った穴に、痩せっぽちの花と、綺麗な花を埋めた。転がっていた石ころを土塊の目印に置いて、キバナは下がった。ネズもまた、下がる。
 空を見上げた。朝焼けだった。
「朝が来ますね」
「うん」
「夜になったら、星が見えます」
「うん」
「悲しいね」
「うん」
 キバナは細いネズを抱きしめた。ネズもまた、大きなキバナを抱き返した。
「大丈夫、あの子は天の国に行くよ」
「うん」
 どうしてだろうな、キバナは言う。
「ネズが言うと、全てがその通りに進む気がするんだ」
「おれは、そんなに大した男ですかねえ」
「そうだよ」
 だから、きっと大丈夫なんだ。キバナはネズを抱きしめながら、あぶくとなって、消えた。

・・・

 夢から覚める。ネズは楽譜が散らばったままの床から起き上がった。体がぴしぴしと悲鳴を上げるが、知ったことではない。ああ、逝ったのか。ネズは窓の外、空を見上げた。雲のような煙が一筋、上がっている。
「近くには、いてやれねえですけど」
 きっと、おまえなら大丈夫。ネズはあらゆる朝のルーティンの前に、静かな黙祷を捧げたのだった。

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