キバネズ/夢見
ほんもの、の、愛を。
目が覚める。ほんの少し、悪夢を見ていた。彼のいない夢の中。キバナはネズを探していた。夢なので、夢とは分からず。ただ、どこにも居ない、見えない影を探していた。
──アニキならいないってば
マリィは夢の中で言っていた。彼女は寂しそうに笑いながら、空を指差した。おてんとうさまに一番近いところに行ったんだ。マリィは繰り返した。彼女自身に言い聞かせるように。
世界を敵に回しても、奪い取りたかった人がいた。キバナはああと後悔する。あの人は、キバナのちっぽけな手中になど、収まる存在じゃなかった。
──神様に好かれとったけん
薄命で真っ直ぐなミュージシャンに、かける言葉は何だろう。堅実で、いつだって選択という道に迷いがちなキバナには分からなかった。
マリィは悲しい顔をして、でもこれがと、繰り返す。
──これが、アニキの選択やったと
マリィはそれを否定したくない、なんて、理由にしていいわけがなかった。他人に責任を押し付けるなんて、ありえないのだ。
それが、ポケモントレーナーたるものの、生き様だからだ。
かといって、マリィがトレーナー失格だとは、思えなかった。自分だけが、ただ、置いて行かれたのだ、と。
「おはようございます」
作業部屋から出てきたネズはげっそりとしている。ああ、朝食ならまだだから。そう言いたいのに、口が回らない。あ、とか、う、とか意味をなさない声が漏れた。
「何か出前でも取ります?」
おまえ、顔色が悪いですよ。ネズはくつくつと笑う。
「まるで幽霊でも見たかのような顔です」
キバナは、はっと息を吐く。そして、恐る恐る、手を上げた。ベッドルームに、ネズが入ってくる。愛しい人に、触れた。いつものように体温が低いが、温度がないわけではない。キバナはきゅっとネズを抱きしめた。本当に、夢見が悪かった。
「そうかも」
「おや、そうでしたか」
ネズは察しの良い男だ。それを気遣いに回すかと言われたら、甚だ疑問だが。
「幽霊はおれでしたか?」
ああ、だとか、うん、だとか。そんなような返事をした。キバナはネズを抱きしめたままだ。寝間着と部屋着とが混ざり合い、複雑な柄物に変化する。それは、キバナの見ている世界と、ネズの見ている世界が交わった柄だ。
死者を夢見たキバナと、生者だけを見るネズはどうしたって同じ思想にはなれない。それでよかった。それでこそ、他人と関わる意義があるものだから。
「今、馴染みのベーカリーに朝食を頼みますから」
いい子で待ってなさいとネズが言うと、キバナはウンと頷いて、ようやく、ネズを離したのだった。
早い朝だ。ベーカリーなら、きっと開いているだろう。