花の盛りに生きた人/花吐き乙女パロkbnz/つづくはず


 己は、誰かに恋をすると花を吐くらしい。
 だったら、花を吐いた事の無い己は、恋をしたことがないのだろう。


***


 ジムリーダーとしての仕事が片付くと、最後にマリィが残った。ネズは最後に戸締まりをしますよとぼろぼろのオフィスを出た。マリィはいいの、と、聞く。
「明日は、ジムリーダーの交代式ですよ」
「でも、アニキはまだ、やりたかったことがあるんじゃ……」
「もうありません。マリィが立派に育ったのですから」
 それとも、ジムリーダーを継ぐのは嫌だったかい。そう問いかけると、そんなわけ無かとマリィは頭を横に振った。
「アニキは、まだ、まだ戦える!」
「いいえ、もういいんです」
「でも!」
「マリィ」
 ネズは振り返ると、マリィの頭をそっと撫でた。
「マリィ、おまえは本当に優しい子だ。アニキとして、こんなに立派な心持ちはない。ねえ、マリィ。おまえなら、ジムリーダーとしてリーグの参加権を持っててもおかしくない。このおれが言うんです。ウソじゃない」
「でも、そんな、アニキは」
「いいかい、マリィ」
 ネズは笑った。月夜、ネオンがネズとマリィを照らす。
「おまえの世界がより輝くこと、それがアニキのたったひとつの願いです」
 マリィは目を見開き、やがて、ゆるゆると頭を振った。
「分かったと。でも、ひとつだけ、約束して」
 彼女は力強く言う
「花を吐いたら教えて。マリィ、絶対に協力するけん」
 花なんて、吐かないのに。


***


「嘔吐中枢花被性疾患です」
「……は?」
 ネズは病院で検査を受けて、唖然とした。最近風邪気味でと始まった問診で、何か医者は引っかかったらしく、すぐに検査されたのだ。
 その結果がこれだ。
「いわゆる、花吐き病です。花を吐いたことは?」
「いえ、一度も」
「そうですか。では、これから花を吐くかもしれないのでパンフレットを渡しておきます。何かあればすぐに病院に来てください。最近では嘔吐の苦しみを和らげる薬もありますから」
「はあ」
 渡されたパンフレットにはでかでかと白い百合が描かれていて、悪趣味だなと思った。

 嘔吐中枢花被性疾患。いわゆる、花吐き病。ネズでも聞き覚えのある病気だ。曰く、恋をすると花を吐き、恋が実ると純白の百合を吐いて完治する。人によっては恋をこじらせて花で窒息死するらしい。

 待合室に行くと、マリィが立っていた。ネズの持つパンフレットを見て、ぽつりという。
「アニキ、花吐き病だったと?」
 みたいですね。ネズは信じられない心地だった。

 ネズの病の発覚で一番荒れたのは、ネズではなくマリィだった。今まで花を吐いたことはないか、誰がアニキに病を移したのか。彼女は烈火の如く怒った。
「そんなに気にする病ではありませんよ」
「死ぬことがあるったい」
 軽視なんかできない。マリィの屹然とした態度に、ネズははあと息を吐いた。


***


 ジムリーダーを交代してからも、ジムリーダー達は声をかけてくれた。その中でも特徴的なのはナックルシティのキバナだった。彼は事ある事にネズに再戦を申し込んだ。ネズはそのたびにきっぱりの断るが、彼は諦めない。
 最近では目的を見失ったのか、ティータイムでもと誘われることがあった。

 あまりにも哀れで、ネズは何度目かの茶会の申し出にお受けしますと応えた。

 ティールームはナックルの奥、ひっそりと佇む人の少ない場所だった。意外なところを指定されたな。ネズはティールームに入りながら思う。古いレコードが流されているそこで、キバナが待っていた。
 案外静かな男だな。ネズは驚いた。
 彼の目がネズへと向く。ぱっと顔が明るくなった。
「ネズ!」
 その瞬間だ。ネズはむずと、花の香りを感じた気がした。

 マスターおすすめの紅茶を飲みながら、二人で取り留めのない話をする。バトルの話がしたいだろうに、キバナは言い出さない。策士なのか、臆病者なのか。分からないが、のってやるつもりもない。まあ、紅茶が美味しいからいいか。ネズは花の香りがする紅茶を飲んだ。

 またなと、ティールームの前でキバナと分かれる。結局、連絡先の交換をしてしまった。策士にのせられたな。ネズはまあいいかと思う。自分の連絡先を渡したところで何ともならない。
 むず、喉の奥が痒い。そんな気がした。


***


 テレビを見ていた。流れるのは最近のリーグの情報だ。キバナの戦績について語るコーナーで、彼の写真を見ているとむず、と胸がうずめいた。どうしたと。そんな声を聞きながら、ネズはこほ、と息を吐いた。
 咽るような花の匂いがした。

 こほっごほっ、ぼろぼろ。

「アニキ?!」
「来ちゃだめです!」
 花だ。花は、淡いピンクのチューリップだった。ぼろぼろと花が落ちる。花吐き病は、吐いた花を触ると感染する。マリィを近づけるわけにはいかなかったが、花を吐き終えてもしばらく唖然としてしまった。
 自分は花を吐いたのか。誰を見て?
「まさか、そんな」
 テレビのキバナのコーナーは終わっていた。

 ネズは確かに、キバナを見て、花を吐いたのだ。

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