キバネズ/街灯、静寂、恋人/酒場帰りにふわふわ歩いている二人の話


 ひとつ、手を取る。ふたつ、手を結ぶ。みっつ、目を合わせる。よっつ、恋に落ちる。
「恋とは落ちるものですね」
 酒気を帯びた、夜の中。ふ、とネズが言う。その通りだ。キバナはこたえた。
「そして愛になる」
 きゅ、と結んだ指に力がこもる。嫉妬深く、束縛する男は嫌われますよ。ネズはくつくつと笑っていた。
 だから、ゆる、と手を緩める。すると、ネズの白い肌に赤みが見える。唇すらも色の薄い男の、手に赤みが差すのだ。ああ、好きだな。キバナはそっと手を持ち上げた。
 何だろうと、目を丸くする男の手の甲に、うやうやしくも口付けをひとつ。ネズはキザったらしいと呆れていた。
「突然なんですか」
 その言葉に、言い出したのはネズだろうと、キバナは文句を垂れた。
「恋とは落ちるものなんだろ」
 それこそと、ネズは高らかに告げる。
「それこそ、愛となったのでは?」
 ぽかん。キバナは目を見開き、口を半開きにしてしまった。ネズはその隙にするりと手から抜け出して、ひらひらと手や髪を揺らし、街灯の下へと立っていた。

 ここは夜のナックルシティの住宅街。眠りの為にと求められた静けさを確かに保有するそこで、あのネズが、スパイスたっぷり、だがどこか甘やかに、笑っている。
「ロマンチストのドラゴンのお眼鏡には叶いましたか?」
 くすくす、くすくす。どこかから笑い声がするような錯覚がした。ブラウニーが周りの家々で仕事をしながら、窓越しに笑っているみたいだった。
「じゃあ宝物になってくれるのか?」
「残念。おれはおまえの宝物になんてなれませんよ」
「そうかなあ」
「そうですとも」
 だから、恋人なんでしょう。ひらひらと笑うネズに、キバナは駆け寄る。必要最低限の街灯の下、きゅっと抱きしめた。
「人目につきます」
「いいよ、べつに」
「そんな考えなしにはなれない癖に」
「うん。だから、ちょっとだけ」
 妖精になんて連れて行かせないから、今だけは、抱きしめることを許してほしい。恋人の語らいに、妖精たちは祝福の音を鳴らす。ネズは仕方ないやつですねと楽しそうだった。
「どうせ人は見てやいませんからねえ」
 いいですよ、べつに、いまだけなら。舌足らずなのは酒のせいか、それとも彼もキバナのように舞い上がっているということか。いかにしても、妖精の仕業ではないだろうと直感した。

 何にせよ、素直じゃないネズが受け入れてくれたことが嬉しくて、キバナは彼を抱く腕を強めた。
 静かなナックルシティの住宅街。家々の灯りは落とされ、光るは街灯のみ。まるで世界から切り離されたかのような場所で、キバナは改めて、好きだなと呟いた。ネズからの返事はない。でも、もぞりと動いたかと思うと、キバナの背に腕を回してくれたのだった。

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