キバネズ/幸福的ナイトメア05/おしまい


 場面は転換する。キバナが立つ場所は、霧深いまどろみの森の祭壇の前だった。祭壇の中央には、しんと佇むダークライと、真っ白な肌で眠るネズがいた。

 ふわり、新チャンピオンが、眠るネズに、赤い毛布をかけ直している。その赤みが、眠るネズの肌をやや明るくして見えた。
 新チャンピオンは何も語らない。キバナの気配に気がつくと、一瞥して、ふらりと立ち上がる。そうして、コツコツとその場から立ち去った。去り際、キバナの背をドンッと力任せに叩いた。

 小さな手に、頑張れと、言われた気がした。

 ダークライがキバナを見る目は冷たい。近寄るな。ここを壊すな。やっと見せることができた幸せな夢を壊させない。そう言われているようで、どこか既視感を覚える。
 しかし既視感よりも気にすべきは、あわや戦闘待ったなしかという事態だ。キバナはボールホルダーに手をかけた。未知のポケモンにどう対応すべきか、分かりかねる。
 だが思考がバトルに切り替わる前に、うっすらと、ネズが目を開いた。夢心地の彼に、ダークライがキバナから目をそらしてそっと寄り添う。

 思わずキバナは、その人に会わせてくれと、叫んだ。
 だが、ダークライは微動だにしない。そう、"その人"では反応しないのだ。すぐに気がついて、キバナは一字一句はっきりと、訂正する。
「ネズに、会わせてくれ」
 ダークライはぎろりとキバナを睨む。その目はどこか、バトル中のネズに似ていた。

 守る彼とは、どうしたって交渉など出来ないだろう。出来るとしたら、ネズだ。

 キバナは前動作無く、走った。ダークライを押し退けて、キバナはネズを抱きしめる。
 すると、ポケットの中のみかづきのはねが、光った。
 ふわ、とネズが目覚める。それはまるで、花が開くかの如く、キバナの視界を明瞭にする。

 薄づいた、氷の様な目が、告げる。
「おれは、皆を幸福にできていたでしょう」
 なのに、どうして目覚めさせるのだ。
 ひどいと、むごいと、そう告げる。そんな言葉に、キバナはどうしても言いたいことがあった。何もかも満たされているはずの世界。幸福なキバナ(世界)に、足りないものがあってはならない。
「ネズのいない幸福なんて意味がないだろ」
 皆を幸せにしたいのなら、自分がまず幸せになるべきだ。
 強固たる、健全なまでの幸福論。キバナはそれを信じていた。
 ネズは、自己のためと言われたなら、否定もできた。しかし、皆を幸せにしたいのならと言われたら、"この"ネズは黙っていられないだろう。

「ばかなひと」
 ネズはくしゃりと笑った。キバナは花を踏み散らしたのだ。

 ぱちん、泡がはじけるようだ。ダークライが去っていく。ガラルが夢から目覚めていく。

 去り際のダークライに、ネズは呼びかけた。
「ありがとうございました」
 とても、幸福でした。ネズが言う間も、キバナはネズの手を離さない。ダークライはふいと、顔を背けた。

泡沫のように消えていく幸福な世界。
哀愁のネズが生まれ得なかった世界。

 なあネズ。キバナは問いかけた。
「いま、キスしたい」
「なんでまた」
「わかんないけど」
 オレたちが生きてる証がほしいよ。そう言うと、仕方ないやつですねと、ネズは微笑んだ。

 互いの唇に唇を寄せて、消える世界の間際に二人はキスをした。





幸福的ナイトメア/終


・・・


おまけ

キバナ:目覚めたらナックルシティ事務室いた。慌ててネズに電話をかける。

ネズ:起きたら作曲用の作業部屋だった。キバナからの電話を受ける。

二人が正式に恋人になるのはこの電話にて。

マリィ:目覚めたらスパイクタウンの隅に立っていた。アニキがいない夢を見たと、不安からネズに報告に行く。

ビート:目覚めたら、みかづきのはねの在庫が切れていた。仕方なしと、シンオウから取り寄せることになる。

ホップ:王。目覚めたら研究所にいた。

新チャンピオン:王。名前も性別も不明。目覚めたらワイルドエリアでレベリングしていた。

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