キバネズ/幸福的ナイトメア04


 悪夢は歪む。場所はナックルシティのキバナの巣穴。いつの間にか戻ってきた昼溜まりの喫茶室で、ホップは笑う。
 
 ガラルに神などいない。確固たる英雄に選ばれた、王たる片割れのホップが笑う。
「キバナさん、ビートに会ったんだろ?」
「なんで、分かるんだ」
「わかるよ、みかづきのはねは、ビートしか持たない。それは、エスパータイプのクレセリアの羽根。彼(彼女)が夢世界の危機で頼るならば、ビートしかいないだろ」
 なあ、キバナさん。ホップは目を伏せ、キバナの手の中にあるみかづきのはねを、愛おしげに見つめた。
「あの人は、自己を変質させてしまった。町だけに留まらず、両手のひらから溢れるものすら愛でてしまった」
 移された視線。ティーカップの縁を、ホップの褐色の指が、撫でる。
「そう、あの人は自ら望んで夢を見せてる。ダークライと共に、なんの不都合もない、なんの苦しみもない、皆が幸福な夢を見せている」
 それはまるで理想郷(ユートピア)だ。
 彼が顔を上げる。ダンデと同じ、金色の目が、キバナを柔らかくも無機質に、見つめている。絶対王者、とはダンデことだったか。それとも、新チャンピオンのことだったか。否、メディアに左右されるそれらではない。
 ホップは正しく、ガラルの王の片割れだ。
「それを壊してまで、あの人に会いたいのか?」
 これは、王との問答だ。

 一言とて間違えてはならぬ。緊張で、喉が乾いた。
「オレさまは会いたい」
「あの人の顔も形も、声すらも知らないのに?」
 滑らかな問いに、キバナはいいやと頭を横に振る。
「いいや、知ってる。声を聞いたんだ」
「どこで」
「どこでかは分からない。でも、聞いた」
「そう」
 ホップはならばと続ける。昼溜まりは続いている。
「じゃあ、どうしてあの人に会いたいんだ?」
「あいつは、オレさまがほしいものを持ってる」
「ほしいもの?」
 キバナはすっと深呼吸をした。心を落ち着かせる。神経が尖っていくのを抑え込む。
「オレの、生涯のライバルは、オマエの兄だ」
「うん」
「でも、もう一人、勝ちたいヒトがいたはずだ。分かるんだ。この世界(夢)には足りないものがある」
 幸福なのに、色褪せた世界の中。悪夢以前のキバナは確かに満たされていたのに、悪夢の中のキバナは満たされていない。ここに、キバナだけがわかる、決定的な違いがあった。
 ホップは黙って言葉を促す。キバナは吠えた。
「オレさまと何もかも違う、そんなヒトだった。オマエたちがあの人と呼ぶ、哀の人は!」
「……そっか」
 残念だね。ホップはくつくつと笑った。それはどこか、××に似ていた。

 キバナは唖然とする。その、顔は。

「時間がない」
 ホップは表情を一転させる。真剣な目に、光が宿る。ひらり、彼の手がキバナへと向けられた。
 みかづきのはねと、会いたいという気持ち。そこに、王の御加護を与えましょう。
 手を振り上げる。
「その人の名前を呼ぶんだぞ!」
 一言一句、間違えないように。

「ネズ!」

 世界が歪む。風が舞い上がる、飛び散るティーセット、時間と空間が断ち切られる。どこからか、ドラゴンタイプの鳴き声がした。

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