キバネズ/幸福的ナイトメア02
キバナはぱちんと目を覚ました。鳥ポケモンが歌を囀る中、もそりと起き上がって、朝のルーティンへと向かった。
キバナはナックルシティの、伝統あるナックルジムのジムリーダーだ。
街の代表として、朝のランニング兼見回りではなんの問題もなかった。今日も平和にナックルの日々が過ぎていく。
昼過ぎ、ワイルドエリアの入退出の管理とパートナーたちの調整を終えて、事務室に籠もる。隣町のスパイクタウンからやって来た書類と、鍛錬に通ったというワイルドエリアのダイマックスのデータを手に取った。
スパイクタウンのジムリーダーは、若くして務めるマリィという少女だ。彼女は愛想こそ少ないものの、ダイマックスが出来ないスパイクタウンの良きジムリーダーだ。
彼女は、ローズ元委員長の騒動の際も、懸命に動いた。それは確実に評価されている。さらに、それが確実に彼女の力となっていることも、整理整頓されたデータから読み取れた。
だが、キバナには違和感があった。何かが物足りない。キバナにとって、なんの不都合もない世界なのに、キバナはどうしてか、物足りないと繰り返した。ジムトレーナーに不審がられても、やめられなかった。
「キバナさん!」
こんにちは。気がつけば昼溜まりのおやつ時、ホップがドーナツの入った箱を片手に、やって来た。
現チャンピオンのライバルたるホップは、キバナによく懐いてくれていた。シーソーコンビの騒動で、ホップが迷っている中を、キバナは心配から連れ添ったのだ。だから、ホップはキバナに懐いてくれている。
そのことは分かるのに、どうしてか"違う"という違和感に苛まれる。
「キバナさん、どうしたんだ?」
紅茶が冷めるぞ。そう言われて、キバナは分かってると紅茶を飲んだ。水色は赤く、甘い香りがする。このお茶会はたった一回のことではない。だが、はたして、自分にこんな暇はあっただろうか。
キバナは人に好かれていた。皆がキバナはすごいと褒め讃えた。
あの、ダンデさえも、SNSのネットニュースでキバナのことを讃えてくれている。
なのに、何かが足りない。キバナはぐるぐると目眩を感じて、思わず目元を押さえた。
キバナが倒したかったチャンピオンはもういなくて、キバナが倒したかったダンデは、世間は、キバナを褒めるのだ。
キバナは、"ドラゴンタイプの天才"だと。
おかしい、おかしいおかしい!
何かが足りない。キバナの理想のような世界で、キバナはホップと茶会をしている。
──エールをあげましょう
ふと、そんな声を聞いたような、気がした。