キバネズ/幸福的ナイトメア


 失うものは、もう、何もないと言えたなら。

 今まで、ネズが背負っていたものは、全てマリィが引き継いだ。否、町の復興はまだ、ネズの手の中だ。マリィに全てを背負わせることを、ネズは躊躇した。
 自分が好き好んで背負ったものを、妹とはいえ、他人に明け渡していいものか、分からなかったのだ。

 ネズは思考する。美しい隣町と、美しいスパイクタウンを。その発展と幸福を胸の中に抱いて、ネズはいつものライブステージに立つ。

 愛してるのエールをあげたい人はそこらじゅうにいたけれど、愛してるのエールだけじゃ何も意味をなさない人だってたくさんいた。ネズはそのことをよく知っている。

 エールをあげよう。ネズは言う。
 それだけで何になるというのか。内なるネズが言う。
 なんにもならないよ、ネズは自嘲した。
「全てが無かったことになったら」
 ねえ、おれよ。ネズは内なるネズに問いかける。
「もしもの世界で生きられたら、おまえはどうしますか?」


 ああ! 常世に神などいない!


 この全ては、哀愁のネズが生まれなかった世界にて物語る、幸福な悪夢の話。

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