キバ→←ネズ/息の果てに夢を見る
タイトルは脳味噌ナイチンゲール化計画より


 息が続かない。視界が眩む。ああ、これはまずい。ネズはそうして、ブラックアウトする意識の中、せめて誰にも見つかりませんようにと願った。

 起きると、キバナがいた。彼は、ベッドの傍らにある花瓶に、花を飾っていた。そんな教養があるのだな。ネズはぼんやりと思った。
「……ネズ、起きたのか!」
 良かった。キバナが振り返る。青い目がネズを射抜いて、離さない。これは都合の良い夢だろうか。ネズはふわふわとした心地の中、告げる。
「どうして、おまえが?」
「エール団が倒れてるネズをみつけてさ、オレにも連絡してくれたんだ」
 それはまた、機転の聞くエール団員がいたものだ。ネズはぜひとも、その団員に礼を言いたかった。
「それよりも、起きたなら看護師さん呼ぶか」
「ええ、そうですね」
 ならばとキバナがナースコールを押すと、じきに看護師と医者がやって来た。
 医者の説明するところによると、ネズが倒れたのは栄養失調と睡眠不足が原因らしい。よく食べてよく眠ること。医者は念押しして、さっさと退院して大丈夫だと太鼓判を押してくれた。

 それにしても。帰り際、キバナがいう。
「倒れるぐらい食べてなかったのか?」
「いえ、栄養バランスの偏りでしょう。しばらくろくなものを食べてなかったので」
「ふうん。じゃあ、ネズの家にお邪魔してもいい?」
「はい?」
「食材買ってくから、一緒に食べようぜ。妹ちゃんにもちゃんと説明しないと」
「マリィがなんですって?」
「ネズはあやふやに流しそうだからな、保険だって」
「酷いですね」
 マリィに深く話すつもりがなかったことを見事当てられて、ネズはそんなに分かりやすかっただろうかと眉間にシワを寄せた。

 食材をキバナと買ってきて、家の玄関前に立つと、マリィがやっと帰ってきたと安心していた。
「キバナさんがメッセージくれたけど、アニキからは何の話もこないし……でもよかったと。アニキが無事で」
「心配をかけてしまってすみません」
「いいの、いつものことだし。ただ、栄養失調だったと? マリィにはちゃんとご飯食べろっていうくせに、自分が食べないなんて」
「あー、マリィ。ストップ、ストップ。ネズは病み上がりなんだからさ」
「まあ、そうやね。入りんしゃい」
 そうしてようやく、ネズは自宅に足を踏み入れた。

 キバナはオートミールを作ってくれた。ネズは台所でテキパキと動くキバナに、全く器用な男だと感心した。マリィもできる限り手伝っていて、果て自分は座っていていいものかと思うものの、アニキは座っててと念を押されてしまった。
「これ、ジャムとバター。オートミールの味変えに使えるから」
「すみませんね」
「じゃあみんなで食べるか!」
 ポケモンたちもボールから出して、彼らにはフーズを渡す。いただきますと食べたオートミールは丁寧に煮込んであって、美味しかった。
 オートミールがこんなにも美味しく思えたのは初めてで、ネズは吃驚した。キバナが、何事も手間を惜しまないとこういうのが作れるんだと、手間のかかるドラゴン使いらしい言葉を述べていた。全く、その通りらしい。
「明日は午後休とったし、また来るからな」
「そこまでされなくとも」
「マリィは明日、トーナメント戦があるけん。キバナさん、よろしく」
「マリィ?!」
 だってすぐにアニキは無茶をする。そう膨れるマリィは愛らしいが、ネズの意思はどこへやら。困惑しつつも、分かりましたと頷いてしまうのは、妹が可愛いからだろうか。
「ちなみに今日は全休だから。一日お邪魔するぜ」
「ナックルのジムリーダーがおれのことで休むとは……」
「ネズが心配なんだって」
 甘やかな声に、ああ、やはり夢かもしれないなと、ネズは息を吐いたのだった。

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