落花・結実/キバネズ学パロ/ただしポケモンはいる/終章/これにて閉幕


 その日、キバナはいつものように旧校舎の温室に来ていた。キバナたちのバトル部はすっかり学園の人気者になっていて、ほっと一息つける場所を、それぞれが求めていた。
 キバナは宿題にと通っていた図書室に居づらくなった、少々面倒なことになったなとため息をこらえて、温室を歩いた。

 むっとする空気の中。崩れかかった温室の道を進むも、広場にネズがいなかった。まだ授業中なのかもしれない。キバナは小学部なので中等部のスケジュールは分からないが、可能性は高いだろう。
 ジュラルドンと並んで温室を見回す。いつまでたっても見慣れない蝶々のポケモンと、咲き乱れる花々と、悠々と伸びる葉たち。ここは桁違いなほどに、生命力に溢れていた。

 ごとん、物音がして振り返る。それは温室の広場の奥から聞こえた。ジュラルドンとしっかり顔を合わせてから、いくぞと好奇心のままにキバナは進んだ。

 それは地下への階段だった。扉をドクケイルがねんりきで開けたらしく、ふわふわと彼(彼女かもしれない)が舞っていた。
「ジュラルドンには、ちょっと狭いな」
 ひとまずボールの中にいてくれと、キバナはそっとジュラルドンをボールに戻した。

 地下は暗いが、電気のスイッチを見つければ造作もない。薄明るい廊下をすたすたと進むと、大きな広場に出た。

 大きくて、黒くて、丸い繭のようなものが、ドクン、ドクンと蠢いている。圧倒的なプレッシャーに、キバナはポケモンを出すことも忘れて、唖然とした。
 これは胎動だ。胎動は大きくなっていく、どくん、どくん、どくどくどくどく、激しくなり、真っ黒な光を放ち、それは蘇った。
 暗雲、黒雲、巨大な黒い影。それはまさしく、災厄の象徴。
「ブラック、ナイト……」
 どうしてだろう、どうしてキバナは、その名を知っていたのだろう。分からなかった。

「キバナっ!」
 ネズが駆け寄った。意識が深層から戻ってくる。ブラックナイトが暴れて、ガシャガシャと周囲を破壊していく。ネズ、こわいよ。キバナは彼の手を握った。だが、待っていてくださいと、彼は手を振り解いた。離れていく手に、キバナの視界が歪んだ。

 前だけを見たネズは、腰に付けたボールホルダーに手をかける。
「目覚めたばかりなら、まだ、チャンスはある」
 そのまま、ネズは前に出て、見慣れぬボールを手にした。左手首をかざし、ボールを巨大にすると、荒々しくそれを投げた。
「ストリンダー、キョダイマックス!」
 光があふれる。キョダイマックスのストリンダーが、ゴオオオとの叫びと共に"よつあし"を地に現れた。
 なんだ、これは。キバナは目を白黒とさせる。キョダイマックス? これはなに?
 キバナは初めて見る巨大なポケモンに、目を取られていたものの、ぐっと苦しそうな声をしたネズに、ハッと意識を戻し、見る。ネズが苦しそうに左手首を押さえていた。ストリンダーもまた、苦しそうに荒い呼吸をしていた。明らかに異常だ。その異常の中で藻掻いている様子に、キバナは必死になって手を伸ばそうとする。
「だめ、だめだネズ!」
 ネズの左手首が光っている。ネズは振り絞るように叫ぶ。
「ストリンダー、キョダイカンデン!」
 ぎゃあおおお、ストリンダーが叫びながら電気のギターを地面に叩きつけて、ブラックナイトにダメージを与えた。

 こつん、異色な革靴の音がした。
「は、はは、やったぞネズくん!」
 振り返ると、ローズが笑いながら立っていた。急いで駆けつけたであろう、その男は、目を見開いて、口を開いて、笑っている。後ろには女性が一人、静かについてきていた。学園長のオリーヴだった。
「ブラックナイトの完成だ!」
 この人もブラックナイトを知っている。キバナはまたネズを見た。彼は苦しみながら、血を吐くような叫びで、ストリンダーと共に戦っている。ジュラルドンで加戦しなければ、そう分かっているのに、動けなかった。

「キバナ、ネズ!」
 大丈夫か。そう叫びながら子どもたちが地下プラントに侵入する。
「ダンデ、ソニア! ヤローに、ルリナも!」
「こりゃあ大変なことですね」
 ヤローが珍しく切羽詰まった声を出す。キバナはつらつらと告げた。
「剣もなく、盾もない。ダメージを蓄積できるのは、キョダイマックスストリンダーだけ……ねえ、ダンデたち、オレたちはどうすれば勝てる?」
 なんにも分かんないよ、でも。
「分かんない、分かんないけど、このままだとネズが危ないんだ!」
 だから、
「助けて!」

 かはっ。ネズが吐血する。キバナはようやく、ネズに駆け寄った。
「ネズ、ネズっ、死なないで!」
 ごほごほと背を丸めて咳き込むネズに、ダンデはよく分からないが、と転がっていた石ころを手にした。
 それは自ら光り、輝いている。
「使えるはずだ!」
 何ができる? キバナはダンデに渡されたその輝きが、ネズの左手首と同じ輝きだと気がついた。ジュラルドンのモンスターボールを撫でると、反応するようにゆらゆらと揺らめいた。
 いける。確信した。
「いくぜ、ジュラルドン! キョダイマックスだ!」
 ボールが巨大になる。キバナはそれを投げた。高いタワーのようなジュラルドンは、雄々しく叫ぶ。同時にダンデもまたリザードンをキョダイマックスさせていた。
 ヤローとルリナはそれぞれワタシラガとカジリガメを出して、変化技でフィールドのコントロールを始めた。
 その間に、ソニアが運良く破壊されなかった機械をワンパチと共に悪戦苦闘しながら操作する。言うことをなかなか聞かない機械から、研究施設のデータベースを閲覧し、動かし、ブラックナイトを解析する。
 ソニアが、叫んだ。
「見つけた! ブラックナイト、あなたは──」

ムゲンダイナ!

 時に、名前は最も短い祈りの言葉だ。ブラックナイトがみるみるうちに小さくなっていく。それでも大きいが、ブラックナイトはムゲンダイナとしての通常状態へと変化した。
 ストリンダーがキョダイマックスを解除する。小さくなり、ストリンダーは地に伏せた。同時に、かくんと、ネズが気を失った。
「ネズっ!」
 何度も呼びかけるも、冷たい彼は目を覚まさない。キバナはならばと、未だキョダイマックス状態のジュラルドンへ、ネズを守るように指示した。
 ムゲンダイナは苦しんでいる。ダンデは今が好機と、指示した。
「リザードン、キョダイゴクエン!」
 ダンデのキョダイマックスリザードンが、ムゲンダイナにトドメを刺した。

 その中で、ローズは、最後の力を振り絞るムゲンダイナに向かっていく。
「やった、やったぞ、ブラックナイト!」
「危ないです!」
 ダンデが叫ぶも、遅かった。ローズは笑いながらムゲンダイナに近付いたかと思うと、ムゲンダイナの放ったビームを浴び、気絶した。
「理事長!」
 ローズが倒れている。オリーヴが駆け寄る。
 そんなことは気にならなかった。キバナはネズを揺さぶった。白い肌はいつもより青白く、美しい目は閉ざされたままだ。

 ダンデが弱ったムゲンダイナにモンスターボールを投げるも、瞬時に跳ね返された。
 ソニアが冷静に分析する。
「ダンデくん。ムゲンダイナの能力はモンスターボールでは耐えられないよ」
「そうか」
 ダンデはあっさりと諦め、ムゲンダイナは研究施設を破壊して、空へと消えた。


・・・


 ネズは病院に運び込まれた。
 左手首に埋め込まれていたねがいぼしは、ネズの体内で肥大化していたという。
 エネルギーが吸い取られていた可能性があるよ。ソニアは言う。
「起きるか、起きないかは、五分五分よ」
「いい。オレ、待つよ」
 どうしてだろう。待つのは得意なんだ。キバナがへらと笑うと、仕方ないなとソニアは病室を後にした。
 理事長と学園長が行動を制限されているため、学園は急遽、休校となった。
 キバナはネズの病室で、歴史部からの差し入れである過去のバトル記録を読みながら、ネズが起きるのを待った。
 片時も離れようとしないキバナに、ルリナがとうとう、飯ぐらい食べなさいと、ヤロー印の野菜たっぷり弁当を差し入れてくれた。

 日にして、一週間。キバナは病室につきっきりなのはよくないと、周囲に半強制的に毎日自宅に帰らされた。それでも、毎日通っていると、徐々にネズの肌色が良くなるのが分かって、安心できた。
 起きなかったらどうしよう。そんな焦りはいつしか消えていた。

 丁度一週間が経った。薄いカーテン越し、昼の光の中で、うっすらと、ネズが目を開く。薄氷の目が、キバナをうつした。ああ、この目もだいすきだな。キバナはうっとりと見惚れた。
 しかしネズは気が付かぬ様子だ。かすれた声音で懸命に呟いた。
「おれは、おまえを守れましたか」
 ねえ、キバナ。その目がどこを見ていようと、キバナにとってはどうでも良かった。
「守ってくれたよ、ずっと」
 ネズはいつもひたむきだな。そう、笑った。

 季節は豊かな秋を迎えようとしていた。





『落花』おわり

表テーマ:学パロ
裏テーマ:新世代のいない世界にて


・・・
おまけ

タイトル:『落花』
サブタイトル一覧:秘蜜/多弁/機蜜/雄弁/結実
要素:キバネズ/学パロ/ただしポケモンはいる

サブタイトルは花(花蜜、花弁、花が散った後の果実)縛りです。

キバナ…小学部4年
ダンデ/ソニア/ルリナ/ヤロー…小学部6年
ネズ…中等部1年
カブ/メロン…小学部教師
ポプラ…中等部教師

【バトル部】
キバナは小学部6年生のダンデの強い推薦でバトル部に入ることになる。なお、入部条件は小学部上級生(4年)に達している&限られたトレーナー(推薦制)というもの。

【キバナ】
相棒はジュラルドン。
小学部4年生。成長期前で小さく、声も高い。
歴史部とバトル部の兼部。
ネズに一目惚れした。
ポケモン原作世界の記憶を思い出しつつある。

【ネズ】
相棒はタチフサグマ。
中等部1年生。
あくタイプの天才だと中等部はおろか小学部でも有名。
軽音部とバトル部の兼部。
旧校舎の温室でよく歌詞を練っている。
変声期はこれから。
ポケモン原作世界の記憶持ち。
左手首にねがいぼしを埋め込まれたのは、マグノリア博士が存在せず、ダイマックスバンドが作成されていないため。
当然ながら、この世界にダイマックスは普及していない。
ねがいぼしとダイマックスが出る巣穴が原作ゲームに比べて圧倒的に少ない。

【ダンデ】
相棒はリザードン。
小学部6年生。
バトルの天才と全国的に有名。
バトル部一筋にして、バトル部の部長。

【ソニア】
相棒はワンパチ。
小学部6年生。
バトル部のマネージャー。
ダンデの方向音痴は諦めている。

【ルリナ】
相棒はカジリガメ。
小学部6年生。
バトル部とモデルの二足のわらじ。

【ヤロー】
相棒は不明。
小学部6年生。
バトル部と畜産部と園芸部の兼部。
基本的にバトル部には顔を出さない。
会いたいときは畑に行けばいる。

【カブ】
相棒はマルヤクデ。
小学部体育教師。

【メロン】
相棒はラプラス。
小学部の養護教諭。

【ポプラ】
相棒はマホイップ。
中等部の美術教師。

【ローズ】
理事長。

【オリーヴ】
学園長。

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