落花・多弁/キバネズ学パロ/ただしポケモンはいる/つづきます


「どうして大人は皆、温室に来ちゃだめだって言うんだ?」
 キバナがいつものようにネズの居る温室で問いかけると、そうですねえとネズは呟いた。
「都合が悪いんですよ、色々とね」
「都合?」
 ええそうです。ネズは言い聞かせるように言う。
「ここは学園の研究施設だったんです」
 まあ、今も稼働しているんですがね。そんなことを言われて、キバナは目を見開いた。
「研究施設って?」
「おまえも見たでしょう」
 見覚えのないポケモンたちを。キバナはうんと頷いた。
「たしか、ビビヨンだっけ? でも図鑑とは柄が違った」
「バタフリーも色が違うはずです」
「うん。あの、モルフォンも」
「そうです」
 貴重なポケモンを作り出そうとしていた、副産物です。ネズはケロリという。
 どうして、キバナは問いかけた。静かで、暖かな温室にキバナの声が響いた。
「どうして、ネズがそんなことを知ってるの?」
「さあ、どうしてでしょう」
 笑みを深めるネズに、答えになってないとキバナは頬を膨らませた。

 ジュラルドンがガシャガシャと温室の蝶ポケモンと戯れている。ここは平和だ。学園内にして学園から隔離された温室は、やけに静かで、ネズの声がよく聞こえる。
「そのうち、分かりますよ」
 他言無用ですからね。ネズは曖昧な顔で指を口元に当てた。


・・・


 勉強道具を抱えて、キバナは図書室にいた。宿題を進めるためだ。この学園は実技の授業が多く、宿題も多い。事前の予習に重きが置かれ、落第者も当然出てくる。器用なキバナは授業に追いつきつつ、予習もまたこなしていた。
 しかし、最近は学期末のテストが近いので音質に行けていない。ネズに会いたいなあ。キバナはテストが終わったら温室に行こうと決めて、せっせと宿題を終わらせにかかった。

「あら、宿題?」
「うえ、ルリナ?!」
 図書室だから静かにね。ルリナがしぃと言う。キバナはハッとして口元に手を当てた。
 小声でルリナが言う。
「4年生でそこまでやってる子はなかなかいないんじゃないの」
「やってる子はいるよ。ルリナこそ勉強?」
「まあね、中等部への入学試験も控えてるし」
「うう、大変そうだ」
「でも、ポケモンについての勉強だもの。苦にならないわ」
 そこで、ふっとルリナが外を見る。ヤローでも居たのだろうか。キバナも外を見る。すると、ネズが見えた。
 だが、見えたのはネズだけではなかった。
「誰、あのおじさん」
「ふうん、知らないの?」
「うん」
「理事長よ。ローズ理事長」
「理事長?」
 校長先生よりも偉い人。ルリナがそう言うと、キバナは、何でと詰め寄った。
「なんでそんな人とネズが会ってるんだよ!」
「静かにしなさいって。そんなの知らないわよ」
 でも、ネズはローズ理事長とよく会ってる姿を見るわね。ルリナの言葉を聞きながら、キバナは窓の外を食い入るように見つめた。ネズはこちらに背を向けている。ローズ理事長は微笑んでいる。
 ネズはどんな顔をしているのだろう。キバナはどくんと心臓が脈打つのを感じた。

「恋、してるの?」

 ルリナの声に、キバナはゆっくりと振り返る。逆光の中、キバナの両眼がゆらりと光る。しかし、ルリナは臆さない。
「恋、してるんだ」
 いいんじゃないの。ルリナは笑む。キバナはまた、外を見た。ネズの元からローズ理事長が去っていく。ふと、ネズが二階の図書室に向けて振り返った。あ、と薄氷の目と、宝石のようなキバナの目が交わる。
「すき、かも」
 小さく言うと、ルリナは、はっきりしないわねとクスクス笑っていた。そんな笑い声が届かないほど、キバナはガラス越しではない強い太陽光を浴びるネズを、見つめていた。

- ナノ -