落花・秘蜜/キバネズ学パロ/ただしポケモンはいる


 キバナは宣言通りに歴史部とバトル部の兼部となり、ネズもまた、軽音部とバトル部の兼部となった。

 キバナは、ぽてぽてと歩く。ジュラルドンはその斜め後ろを付いて歩いていた。目指すは旧校舎の温室だ。ネズが黙っているので、先生に怒られたりはしていないが、ネズもキバナも見つかれば怒られること間違い無しである。
 ネズはあの見目に反して図太いから大丈夫だろう。とは、話を聞いてくれたダンデの談である。ソニアはそんなところにいたのと頭を抱えていたが。

 温室につくと、半分空いていたガラス戸を開いて、そのまま進む。むっとする熱気と、飛び交う蝶ポケモン。そのポケモンは相変わらずこの辺りでは見かけない個体が多かった。何故だろう。そう思いながら、キバナは進む。

 ネズは温室中央の、広場にいた。朽ちたレンガをいくつか並べた上に座って、メモに何かを──きっと歌詞だ──を書いている。
 ふと、ネズが顔を上げた。薄氷のような目が、キバナを見る。ほうと、キバナは息を吐いた。美しい目だ。キバナのお気に入りの目だった。
「また来たんですか」
 ネズはさらりと言って、少し待ってなさいとメモを仕舞おうとする。キバナは待ってと声をかけた。
「オレのことは気にしないで! 書いててくれていいから」
「そうですか?」
「うん。でも、もし迷惑じゃないなら、ギター、弾いてほしい」
 意を決して頼むと、ネズはきょとんとしてから、まあいいですがと不可解そうな顔で背後のケースからギターを取り出した。
「歌を聴きたいんです?」
「う、うん」
「そう……トクベツですよ」
 そうして、すうと、ネズは息を吸うと、ギターを手に歌った。

 聴いたこともないメロディ。聴いたこともない言語。

 だが、キバナは確かにこれはとびきりきれいな歌だと直感した。
「おまえは知らないでしょう?」
 歌い終えたネズが微笑む。そんなことはない。キバナは思わず反論した。
「知らない歌だけど、とびっきり綺麗だった!」
「おや、そうですか」
 くつくつと笑う。
「おれの専門ではありませんが、好評なようで何より」
「専門は違うの?」
「おれの専門はロックなので」
 ロック、とキバナは口の中で言葉を転がす。キバナにはあまり縁のないジャンルだ。
 でも、ネズが歌うなら聴いてみたい。そんな興味を掻き立てられているキバナを横目に、ネズはそういえばと発言した。
「足の怪我、治ってきましたね」
「え、あ、うん」
 ネズと出会った日に怪我した膝は、もう絆創膏一枚で充分なほどに、治っていた。良いことだね。ネズはするりとした笑みを浮かべた。
「怪我なんて無いほうが良いに決まってますから」
「そういえばネズは怪我してないよな」
「まあ、いつか商売道具にするつもりですから」
「商売道具?」
「ミュージシャンになりたいんですよ」
 ビジュアルを使ってだって売ってみせる。そんな言葉に、キバナはイマイチ意味が分からず、きょとんとした。後ろではジュラルドンも同じ顔をしている。
 似たもの同士ですね。ネズは愉快そうだ。
「それよりも、何か連絡事項があるんじゃないですか」
「あ、今日はそうだった!」
 キバナは思い出したことを告げる。つまり、バトル甲子園の選考についてだ。
「ネズは今回は席に座ってるだけ……ネズは奥の手っていうか、必殺技だから、その」
「まあ、おまえとお喋りしておきますよ」
「いいのか?」
 折角の甲子園なのに。そう問いかけると、ネズはええ全くとにこやかな顔をした。
「そもそも興味がないので」
「そ、そうなのか……」
「おまえこそ、出場できなくて平気なんですか」
「オレは、まだ勝てるビジョンが見えないから」
 今はダンデ達に任せるよ。そう言うと、ネズはそうですかとやや無理やり納得したらしかった。
「では、今からおまえとの話題でも考えておきますかね」
「オレさま、歴史のことなら話せる!」
「それは聞き専になりますねえ」
 まあ、おまえが楽しいならそれでいいですよ。ネズはそう微笑んだ。その柔らかな顔に、キバナはぽぽぽと頬を赤らめたのだった。

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