キバネズ/記憶だけの町/夢のような古い記憶、確かにそこにはなかった小さな町で、子供の頃のキバナは遊んでいた。そんな昔話をするキバネズ。
!ホラーっぽいですが、ホラーではないです!


 古い記憶があった。

「昔、夢を見てたんだ」
 キバナが唐突に言う。ロマンチストここに極まれり、ネズはそう思ったが、流してはならないと直感した。
「なんかさ、小さな漁師町だったんだ」
 廃れたそこに、毎年夏になると通っていた。おじいちゃんとおばあちゃんが数人いて、キバナや他の子どもたちをもてなしてくれた。
「毎年、行ってたはずなんだ」
 キバナの目に愛が宿る。あ、いいな。ネズはメロディが浮かびそうだと思った。
「でもさ、大人になって、行かなくなって、地図で町を調べたんだよ」
 でもな、とキバナは神妙に言った。
「無かったんだよ、どこにも、そんな町」
 町の名前だって覚えてる。優しくしてくれたおじいちゃんやおばあちゃんも覚えている。同じように町で過ごした子どもたちの顔も名前も覚えている。
「でも、無いんだ」
 そう語るキバナが寂しそうだった。郷愁のにおいに、ネズはすんと鼻を鳴らした。
 キバナの顔はホラーを語るものではない。本当に、彼の中ではその町はまだ生きているのだろう。
「たとえば、どんな子どもたちがいましたか」
「ん」
 あのな、とキバナは目を伏せた。ややの間。しばらくして、顔を上げる。
「ネズがいた」
 は、と息を吐く。しかし、するすると紐づる式にネズの頭に、廃れた漁師町が浮かび上がった。

 暑い日差し、そんな日差しを避けるように、日陰に逃げる。そこには駄菓子屋があって、10円でサイコソーダに似た炭酸飲料を売ってくれた。
 そんな炭酸飲料を飲みながら、暑さに堪える。ネズは暑さに弱かった。そんな事など知りたくなかった。
『ネズ!』
『あ、キバナ……』
 はいこれ、と渡されたのは20円のアイスで、二人で分けて食べた。
『キバナはいつまでここにいるんですか』
『わかんない。いつの間にかここにいたもん。わかんないって』
『はあ、まあ、おれもですが』
『だろー』
 そんな会話をした。ネズはしかし、これが植え付けられる記憶だとも分かった。

 不思議の国だ。ネズは確信した。これは、人から人に移る、なにかだ。柔らかで甘やかな過去を植え付けていくのは、果たして悪なのか、善なのか。ネズは到底分かり得ない。
 キバナは気が付かない様子で、続ける。
「また会いたいって思ってた」
「キバナ、キバナそれは」
 ほんとう、ですか。ネズの問いかけに、キバナは真面目な目で返した。
「嘘でもいいよ」
 その目はいつもと同じに見えた。

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