キバ→←ネズ/『レプリカ』/孤独にまつわるキバネズのはなし/つづきたい


 仮令(たとい)その身が、朽ちようと。

 ぴしゃん、ぴしゃん、雨粒の音がする。否。何かが垂れている音がする。ぴしゃん、ぴしゃん。それは一定の間隔で鳴り続ける。
 例えば、それが×だとしたら、ネズはキバナを助けられたのかもしれない。

「怪我、したんですか」
 ふと、すっかり家に居着いた大きな男に言う。大きな男こと、キバナは、まあなと左手の甲を擦った。
「なんか、みみず腫れしててさ。全く心当たりがないんだけど、ジムトレーナーの皆に『見てて痛々しいから』って言われてさ。で、ガーゼ貼ってみた」
「そうですか」
 ネズは、つ、と眉を寄せてから、淹れたてのミルクティーを差し出した。
 キバナはありがとうと、難なく右手で受け取った。屈むキバナの足元にあるトレーには、ヌメラが乗っていて、しょんぼりと落ち込んでいる。どうやら風邪をひいたらしく、検査の為にポケモンセンターで粘液を採取されてきたらしい。
 よっぽど怖かったんだな。キバナは笑いながら、マグを持っていない左手でヌメラを撫でる。その左手の甲の真っ白なガーゼは痛々しい。
 ネズはまた、つ、と眉を寄せた。数秒も立たぬ間に、ぐいと自ら指で押さえて皺を広げる。
 何かが引っかかる。ネズは自分用のミルクティーを飲みながら、考える。すると、ふと、水滴のようにメロディが浮かんだ。

 それはありふれたメロディで、そのままでは新譜になど出来そうにない。だが、どこか、その旋律が気になる。
「どこかで、聴いたような……」
 思わず呟くと、キバナが顔を上げた。
「どうしたんだ?」
 無垢な目に、労りを乗せて、彼は言う。座っている彼を見下ろすのは、これが初めてではない。でも何故か、新鮮に思えた。
「いえ、何も」
 ただ、何かが気に止まる。神経に触る。ぴしゃん、ぴしゃん。水滴の音が、脳裏に過ぎった。

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