キバネズ/あなたのことを考えていました
!女装ネタです!


 ある日、ネズの部屋でブランド物のハイヒールを見つけた。パフォーマンスの一つですよ。ネズはうっすらと笑っていた。

「ネズ!!」
『お、どうしたんですか』
「どうしたも何も!」
 キバナは衝動のままに電話の画面に食いつくように言う。
「CM見たんだけど?!」
『ああ、あれですか』
 キバナが見たのは女性向けの化粧品のCMだった。自我の強い価値観を売りにするその化粧品の、モデルとしてネズが選ばれていたのだ。

 化粧だけならまだ、いつものことだからわかる。だが、ネズはそのCMで、タイトで真っ黒なドレスを身に纏っていたのだ。

 それは大層美しく、キバナは初めて見たとき、あんぐりと口を開けて呆けてしまった。ネズだと分かると、もう、たまらない気持ちになった。早く会いたい、この美しいひとに会いたい。そんな思いに駆られて、電話をかけたのだ。
「なあネズ、あの衣装どうしたんだよ」
 タイトなドレスの足元には、部屋で見かけた真っ黒なヒールが収まっていた。だから、もしかしたらと声をかけたのだ。ネズは頂きましたよとなんの気無しに言う。
『ライブで着てほしいと言われましてね』
「え、やだ」
『そういう契約もしたので』
「やだー!」
 キバナはぐずりながら、涙ながらに画面を見つめた。
「オレさまの前だけで着てほしいんだけど」
『嫌です』
「なんで! かわいい恋人からのお願いだろ?!」
『おまえは、可愛いよりもかっこいいですよ』
「やだ、オレさまのネズが最高にかっこいい……」
『ということで』
「違うー!」
 しかし、契約ならば仕方ない。キバナはグズグズして、ジュラルドンからティッシュケースを受け取りながら言った。
「せめて、オレさまと二人きりの時にも来てほしい」
『コルセットを手伝うならいいですよ』
「えっいいの? やったー!」
『きちんと締めないと見栄えが悪いので、力いっぱいお願いしますね』
「わかった!」
 じゃあまた。そうして、ネズはぷつんと通話を切った。キバナはグズグズの顔を、洗うことで何とかしてから、ドレスを着たネズに思いを馳せた。


・・・


 後日。キバナがネズの家を尋ねると、マリィがいた。ネズとマリィでドレスを引っ張り出し、メイク道具も整えたらしい。どうせなら完璧にしたいけん。とは、マリィの証言で、どうやら彼女もネズのCMに心を奪われた一人らしかった。なお、モルペコはドーナツを食べていた。

 ネズが持つ、ビロードのようなドレスを着るために、コルセットを締める。案外力を入れなければならず、骨が折れないかとキバナは心配だった。撮影でも男性の力を借りたんですよ、と言われて、少しばかり嫉妬してしまった。
「では、向こうで待っていてください」
 そう言われて、リビングでネズを待つ。時折、マリィとネズの可愛らしい声がする。しかし、キバナが手伝えることはもうない。せめてもと、マリィのモルペコにきのみを食べさせた。
「出来ましたよ」
 そうしてリビングにやってきたネズは、美しかった。ビロードのようなタイトな黒いドレスは、真っ白な肌に映える。暗めのルージュに、いつもの紫よりもラメの濃いアイシャドウ。何より、真っ黒で艷やかに光るハイヒールがよく似合った。
「似合いませんか?」
 分かりきったことをネズが聞く。キバナは、満足げなマリィを横目に、ネズの手を取った。
「すっごい、綺麗だ」
 オレさまのネズがこんなに綺麗だ。そんな吐息混じりの言葉に、ネズはくつくつと喉で笑った。
「惚れ直しましたか?」
「もちろん」
「それは良かったです」
 マリィが、写真撮るけん、そこ立ってとネズに頼む。キバナが退こうとすると、どこ行くのと引き止められた。
「キバナさんはアニキの隣!」
「うえ?! でも、オレそんな、似合う格好してない!」
「いつものキバナさんで充分! ほら、そこ立ちんしゃい!」
「えっ、はい!」
 そうしてぱしゃりと写真が撮られる。スマホにすぐに送ってくれたそれは、美しい女装のネズと、普段着のキバナというちぐはぐな組み合わせなのに、やけにしっくりと収まって見えた。
「やっぱり、アニキの隣にはキバナさんが居らんと」
 良かったね、アニキ。マリィのそんな声に、ええ勿論と、ネズは笑っていた。キバナもまた、その言葉にむず痒くなりながらも、嬉しくなったのだった。

- ナノ -