キバネズ/優しい夜の過ごし方
タイトルはCock Ro:bin様からお借りしました。


 夜は深い。ほのかに夜露のにおいがする。

 古くさいレンガ造りの暖炉の前。ぱちぱちと小さく木がはぜる音がする。
 暖炉の前には毛の長いラグと、そこに座るズルズキン。そんなズルズキンを撫でながら、ネズは古い部屋の隙間からにおう、夜露のにおいを感じた。
「ただいま」
 ガチャリ、扉を開きつつ、男が挨拶をする。ネズはふと顔を上げて、暖炉から顔を反らした。
「おかえりなさい」
「あー、ネズだ。起きてたんだな」
「ええまあ、おまえはそう遅くならないと思ったので」
「そお?」
 でも嬉しいな。キバナはへらと笑った。
 ああ、可愛いな。ネズは思う。唐突に、この仕事帰りの可愛らしい男を甘やかしたいと、思い立った。

「キバナ、そこに座りなさい」
「え、なに。ソファ?」
「ロッキングチェアが空いているでしょう。ズルズキン、すこしキバナを見てやってくださいね」
「え、え?」
 ロッキングチェアに座ったキバナに、どこからか意を汲んだカラマネロが、ベッドルームから持ってきたくたくたの毛布をキバナの膝に掛けた。

 キッチンでモーモーミルクを温めながら、あまいミツを大きな匙にひとつぶん、溶かしてしまう。くるりくるりと木ベラで混ぜると、甘い香りが鼻孔を柔らかく刺激する。
「そうだ」
 ガサガサと戸棚からバニラエッセンスを取り出し、ポトンと一滴。甘ったるいにおいに、キバナが、お、と声を上げた。どうやら気がついたらしい。

 ホットミルクを三杯分。キバナに、ネズに、ズルズキンの分だ。カラマネロはホットミルクをちらりと見ただけで、そっと部屋の奥に消えた。気分ではないらしい。

「はい、どうぞ」
 暖炉の前でズルズキンと戯れていたキバナに渡すと、ありがとうと返事が返ってきた。すん、と鼻を鳴らすと、ホットミルクのにおいに混じって、キバナから濃い夜露のにおいがした。
「おまえ、どこを通って来たんです?」
「あーうん、まあ、ちょっと近道?」
「整備されてないところを態々まあ……」
 あたたかいなあ。キバナはホットミルクの入ったマグを握ってほっと息を吐いた。

 暖炉から、ぱち、ぱち、と音がする。甘いバニラとあまいミツのにおいが混じり合う。その隙間から、夜露のにおいがした。
「好きだなあ」
 あまいホットミルクのことだろう。だが、ネズからすれば、キバナから漂う夜露のにおいもまた、好きだった。
「明日もそうして帰って来てくださいね」
 ええ、とキバナが驚く。
「いいの?」
「ええまあ、」
 いつでも出迎えてやりますよ。そう笑うと、キバナはまた、嬉しそうにへらりと顔を崩した。
 ぐるっ。ホットミルクのマグを抱えたズルズキンが、楽しそうに目を細めていたのだった。

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