キバネズ未満/王政復古、反逆の人間を謳え
ネズの目にうつるキバナはいつも太陽のようだった。
多くのガラルの人間は、チャンピオンのダンデを太陽だと思っていることだろう。ネズは思う。おれからしてみれば、キバナの方がずっとずっとおてんとうさまだった。
負けても、負けても、食らいつく。いつしかネズが止めたことを、諦めたことを、キバナはやってのける。だから、彼は強いのだ。ネズは心の底から、おまえはもっと気を楽にすべきだと忠告したかった。ネズはチャンピオンを諦めた。ネズはリーグを敬遠した。その上で、スパイクタウンの復興のためにジムリーダーの地位を活用した。
そんなネズを見て成長したはずの、マリィは言う。マリィはチャンピオンになることを諦めない、と。
天才のチャンピオン、ダンデが破れ、新チャンピオンが即位した。ガラルは新たな王に平伏した。だが、マリィは違った。あたし、負けたままは嫌。そう、高らかに笑っていた。ネズが持ち得なかったものを、ネズが太陽だと思っていた道を、妹は走るという。
やめておきなさい、とは言えなかった。正しくそれが太陽のような事であり、人が目指す天の理だと知っていたからだ。
だから、せめてキバナに話してみなさいと説いた。彼なら、きっとマリィに良い助言をするだろうと思ったからだ。
かくして、マリィは帰ってきた。キバナは何と言いましたかと、聞きたかった。問う前に、マリィは言った。
「道を間違えなければいいって」
正道を重んじよ。キバナの真っ直ぐな姿勢と助言に、ネズは、やはりキバナはすごいやつだと、認識した。
そんなことがあったから、スパイクタウンに来て、バトルを挑んできたキバナに、ぽろりと言ったのだ。
「おまえはすごいやつですよ」
だから、おれなんかとバトルすることはない。そう続けたかったのに、それより前に、キバナは言った。
「ネズの方がすごいトレーナーだよ」
は、と顔を上げる。キバナはネズを見ながら、どこか遠いところを眺めていた。
「またバトルしたいって、勝ちたいって、思うんだから」
オマエはすごいトレーナーだ。キバナは噛み締めるように言う。
「ダンデは戦っても戦っても、果てが見えなかった。蜃気楼に向かって、わざを出しているみたいだった。でも、ネズは違う。確かな手応えがあってさ、なんていうか……」
そう、とキバナはネズを見た。初めて、視線が合ったような気がした。ずっと目を見ていたのに。
「生きてる感じがする」
生き甲斐という言葉がある。キバナはそれをネズに見出したという。ネズは、とんでもないと吃驚した。
自分はとうに引退した身で、勝利をスパイクタウンに捧げた身で、高みよりも、目の前のダイマックスポケモンによる、エンターテイメントを打ち壊すために藻掻いただけだ。それだけなのに、キバナはネズに人生を見出したというのだ。
ネズのおてんとうさまたる、キバナが。
「おまえの、」
うん。そんな生返事が返ってくる。
キバナはネズを見ていた。柔らかな目に、ほんの少しの獰猛さを秘めている。
彼は、存外、温厚な男だった。
「おまえのそういうところは、分かりません」
理解できないことだ。でも、それで良いのだろう。
「理解されなくても、オレはネズがすごいって知ってるから」
そんなこと、ネズとて同じだった。だから、今だけはと、断り続けていたバトルを引き受けようと応えた。
「もう、おれ達は戦わないと分かりあえません」
一介のトレーナーたるもの、当然のことだ。これはジムリーダー以前の問題だ。
知らないことを知るために、トレーナーはバトルをする。理解を深めるために、バトルをする。出会うために、バトルをする。
「ぜったい勝ちますから」
せいぜいキョダイマックスで抗ってみせろと言えば、キバナは勿論だと唇を薄く歪めた。
「負けないからな!」
さあ、バトルコートはすぐそこだ。
太陽は等しく我らを照らしたらんと在るべきなのだ。